オーラの泉が水曜日午後11時台になり、見やすくなりました。嬉しー。
というわけで、昨晩はもちろん見ましたよ~。
飯島直子さんがゲストでした。
スゴいねぇ。彼女。素晴らしいです。
サイパンは確かに霊能が少しでも開いてる人にはキツい所らしいんですよ。いろいろ聞きます。
やっぱり、戦場はアカンね。無念が残ってるもんね。
彼女も仕事でサイパンに行くと、兵隊さんの霊をいっぱい見たそうなんですよ。ホテルで。
で、彼女のスゴいところは、「日本に帰れなくて可哀相だなぁ。じゃあ、私に憑いて日本に連れてってあげるわ。どんどんいらっしゃい。」って思っちゃうところなんですなぁ。んなもん、ふつーできませんよ。怖くて。
何度かそーゆーことをしていたら、とうとうポルターガイスト状態で、ベッドが揺れる揺れる…ってことにもなっちゃったそうです。
その頃にある霊能師さんに観てもらったところ、900体以上の霊が憑いてると言われたそうです…。こえー。
「そりゃ、ベッドも揺れるでしょ。」って言われたそうですよ。(江原さん、大爆笑。)
しかし、彼女のもっとスゴいところは、「私には霊を鎮めることはできないから、みんなを慰めるために裸になって裸踊りでもしたら良いかな?」なんて考えちゃうところなんですよ。(スタジオ、大爆笑。)
もーーー、素晴らし過ぎです。飯島さん。
優しい心根の人なんですね。本当に素晴らしいです。
(それに、900体も憑依されていて健康に害が無さそうだったのも素晴らしい。守護霊さまたちの働きが並じゃないのかもしれんね。)
でも、美輪さまも言ってましたが、可哀相だと同情する気持ちは尊いけれど、浄霊できる力がない普通の人は霊に同情すると大変なことになることもあるんですよね。だから、真似しちゃダメですよ~。
…って、普通は真似しないよね。
あと、スペシャルの時の続きもやってました。花田勝さんです。
花田家は、あれだけゴタゴタしてるから何かあるんだろうなぁ、と前々から思ってましたが、やはりありましたね。
眷属霊の障りだそうです。
そいえば、某友人ちが長年続いた家業を廃業して、家も建て替えることになった時に、敷地内にあった鳥居も撤去することになったんだそうなんです。廃業したことなんで、商売の神様にはお帰り願う、というわけです。
友人んちはちゃんと手順を踏んでお帰り願ったのですが、花田家はそれをおろそかにしたらしいのです。
高級霊の神様はバチを当てるなんてことはしませんが、神様のお使いである眷属霊(お狐さまとかね)は、即効性がある分、お行儀が悪い人間には怒って仕返しもするそうなんです。(良くも悪くも人間に近いんですな。)
そうなると、花田家みたいにゴタゴタしてしまうわけなんですね。
なんでも、筋はちゃんと通さんとアカンってことですなぁ。
『やらざるをえない』
自然農の全国大会から帰ってきた旦那さんに、全国大会で印象に残った話をいろいろしてもらいました。
その中の話の1つです。
川口先生が請われて自然農を教えるようになってから、(ウチの旦那さんのように)仕事を辞めて自然農を始める人も出てくるのですが、そんな人の話でした。
自らの生き方を得たような思いになり、先生に感謝し、自然農での暮らしに入っていったある人は、自然農だけで生活していくことが困難となり、バイトをしながら頑張ったそうなのです。
しかし、疲れ果てて自殺してしまったのだそうです。
奥さんが、その人が先生に宛てた遺書を持ってきたそうです。
先生は、この時ばかりは自然農塾を止めたいと思ったそうなのですが、1人でも教えて欲しいと言う人がいる限り、塾は続けようと思ったのだそうです。
話の内容はこれだけです。詳しいことは何も分かりません。
この話を聞いていて、なんだかとても心にひっかかってしまいました。
旦那さんはすぐに次の話に移って行ったのですが、私はそこで停まっていました。
何がどうひっかかるのかも、もやもやしていました。
「んーー。どうして死ななきゃならんかったんかなぁ…。」と、ひっかかってるモノが何かも明確にならないまま、私が再び話を引き戻しましたが、一緒に聞いていたオカンの意見を聞いても、やはりもやもやしたままでした。
その後、しばらくしてから弟1号が仕事から帰ってきました。
旦那さんと弟が話を始めました。
弟1号なら、なんて言うだろう?と、ふと思い、旦那さんにさっきの話をまたしてもらいました。
すると、弟はごく当たり前のように言いました。
「その人は、『やらざるをえない』人じゃなかったんやね。頭で考えるっていうか、『自分がやりたい』人やったんやなぁ。『やらざるをえない』人じゃないから上手くいかんかったんやて。天命って、そーゆーもんやん。やりたいとかやりたくないとかじゃなくて、『やらざるをえない』やん?」
うわ~~、っと思いました。
腹にストンと落ちました。
この話の前に、旦那さんがしていた話が、『勇気が出ない』という人の話でした。
会社を辞めて自然農をやりたいと思っても勇気が出ない、と。
「じゃあ、さっきの勇気が出ない人ってのは…。」
「うん。『やりたい』人であって、『やらざるをえない』人じゃないから、やらなくていいんやわ。」
弟1号は至極簡単に言ってのけましたが、コレってものすごく深い回答だと思うのです。
確かに、旦那さんや旦那さんが新しく知り合いになったある人は、『やりたいからやり始めた』には違いないのですが、『やらざるをえない』人でもあったと思うのです。
そういう人は、もちろん頭で考えているんですが、なんてーのかなーーー、やはり直観に導かれているんですね。
そして、そういう人は、自然と環境が整って行くんです。
まるで、『与えられた場所』なのです。
『やらざるをえない』人は、たとえ苦労が多かったとしても、それが『天から与えられたお仕事』なのですから、上手く行かなくて自殺する…ということにはならないのです。
やはり、どこか無理をしている場合は、『やりたい』だけのことが多いのかもしれません。
「あれ?なんかとんとん拍子で進んでいくぞ。」ということは、『やらざるをえない』ことだと思って良いような気がします。
ですから、無理して勇気を絞り出さなくても、『やらざるをえない』時はどうしたって『やらざるをえない』のでしょう。
では、天に与えられる、または自分が生まれる前から決めてきた『やらざるをえない』ことを知るには、または導かれるにはどうしたらいいのか?というと、やはり『感謝する』ことに尽きると思います。
誰かに親切にしてもらったことを感謝する、てだけでは足りません。
「神様」または「自然」、「地球」や「宇宙」など、言葉はいろいろありますが、自分を生かしてくれている「何か」に常に感謝する心が大切だと思うのです。
「神様」でも「宇宙」でもいいけれど、その「何か」は、与えて与えて与えつくしてくれていますよね。私達に。
その「何か」からその謝礼を要求されたことってありませんよね。
「太陽の光を与えてるんだから、代わりに●●してよね。」なんて神様から言われたことありませんもん。
それを考えただけでも感謝の気持ちは湧いてくると思います。
そうやって感謝をしていたら、直観に導かれて『生まれる前に決めてきたお仕事』を『やらざるをえない』ようになるわけです。
(あのですね、自分の経験から言うと、ただ自分がやりたいと思ってることと、やるべきことって、同じ『やりたい』という気持ちなんだけど、やっぱりちょっと違うんですよ。感覚的にも違うの。その違いが分からないという人は、多分『やらざるをえない』ことに導かれたことが無いか『内なる声』を無視し続けてるんだと思う。)
「そーゆーわけで、俺の場合は『哲学をやらざるをえない』からやってるんだなぁ。」と、弟1号はニコニコしながら言いました。
弟1号は長男です。
親父さんが死んだ時もまだ大学(院やったかな?)に行ってました。
普通、(資産ゼロの)親父さんが死んだら勉学を諦めて就職しますよね?生きていかんならんもん。
しかしウチの場合は違ってました。
どんなことをしても勉強を続けたい兄を、弟(2号)がずーーーーーっと支え続けていくことになったのです。
このことについて、弟2号が文句を言ったことは無いと思います。そんな言葉、聞いたことがありませんし、オカン経由からでも聞いたことがありません。
弟2号にしたら、兄を支えることは『やらざるをえない』ことなのでしょう。
弟1号は、日常生活においては、お子さまな部分が残っていて、それにイライラさせられることも非常に多いのですが、霊性進化で言えば、おそらく私なんかよりかなり先を行っている先輩だと感じるのです。
無駄に霊媒体質では無いのです。
ですから、きっと将来は何らかの形で人を助けるお仕事を『やらざるをえない』ようになるはずです。
そのための準備として、哲学を『やらざるをえない』のだろうと、姉は感じているのです。
なので、弟2号に以前言いました。
「お兄ちゃんは、いつか人を助けるようになると思うんよ。それはアンタにもなんとなく分かると思う。その時、お兄ちゃんが誰かを助けた時、それはお兄ちゃんが助けただけやないんやよ。アンタが半分その人を助けとるんやよ。」
弟2号も、日常生活においては、まだまだな部分が目につきますし、オカルト一家の中で育っていながら実はそんなに霊性に目覚めていない(どっちかって言うと『うたた寝してる』)のですが、私より魂の進化は先を行ってるのかなぁ、と感じることがあります。
じゃなかったら、あんなふうに自分の役割を引き受けられないと思うもんなぁ~。
ほんと、あの子は偉いと思う。
しっかり目覚めちゃったら、スゴい兄弟になっちゃったりして…。(姉としてはちょっと楽しみ~。)
……。
え?私ですか?
私の『やらざるをえない』ことですか?
多分、『神様系の情報をゲットしてきて、家族や友達にお知らせすること』だと思いますわ。
神様に導かれております。ほんとに。
ありがとうございます。ありがとうございます。
他のことを書くつもりだったのに、気がついたらアッチ系の話になっちゃった。…書かされたんですな。
祈りと瞑想は呼吸のように1セットなものなんだそうですよ。
しかし、私はなかなか瞑想というのは慣れなくて、上手くできないんですなー。これが。
んでも、お祈りをたくさんした日は、布団に入って目を閉じると紫の光がぐるぐる瞼の裏に見える(丹光というそうだ。)ことが多いので、そのまま上手いこと瞑想に入れば良いんだろうけど、だいたい眠ってしまうんだなぁ~。
ま、眠っちゃうのも良いことだと思うんですがね。
だって、眠ってる時は「作戦タイム」らしいんですもん。
魂があっちの世界に帰って、守護霊さまたちといろいろ作戦を練ったりしてるんですって。
だから、寝不足でもないのに眠たい時ってのは、だいたいは「はい。ちょっとじっくり作戦タイムを取りましょ。」という合図なんだそうです。(江原さんがそう言ってたんだよん。)
なので、眠い時はとっとと寝ちゃいましょう。
あ、さて。
ここんとこ、お腹の具合がイマイチであります。
突然、お腹がぎゅーーっと痛くなって、それから1~2時間くらい断続的な痛みがあり、何度もトイレに駆け込む…というものです。
これねー、名古屋に住んでた頃にはよくなってたんですよ。
これがとっても痛くてねー。
で、その腹痛。一昨日もなりまして、今日もなりました。
以前に比べたら、痛みも時間も軽減しているので有り難いのですが、やっぱり痛いのはイヤよね。
んでもねーー、これもねー、消えてゆく姿なんすよー。毒出しなんすよーー。
守護霊さまたちが頃合いを見て、毒出しをしてくれてるんですなぁ~。痛いけど、ありがとうございます。
「近頃、体調が優れないなぁ。」と、思ってる人はいませんか?
もしかしたら、あなたも毒出しをしてもらってるのかもしれませんよ~。守護霊さまに。
そうなのかなぁ~?と、チラっとでも思ったら、「痛いけど(or辛いけどorしんどいけど…など)、守護霊さまありがとうございます。」ってお礼を言ってみましょ。
お礼を言ってみて、もしも心ん中でほんのりぽやんと温かい感じがしたら、それは守護霊さまのお返事ですわよん。
たっぷり。
元サイトでも、この日記でも、「五井先生大好き~。」と書いてはいますが、私は白光真宏会の会員ではありません。
例の先生に教えてもらった五井先生のお祈りの言葉をちびちびと、本当にちびちびと5年近くお祈りしてるだけなので、つい最近まで会員の方と会ってお話するなんてこともありませんでした。
しかし、縁あって会員の方から祈りの集いに誘っていただいたので、今日の午後、旦那さんと一緒に参加させてもらってきました。
ただお祈りするだけじゃなくて、印を組むということもしますので、結構腕が疲れました。
見よう見真似だし腕は痛いし…で、雑念イッパイの祈りとなってしまいましたが、世界平和をたっぷり祈らせてもらってきました。
また、ちょっとディープなお話もチラチラと聞かせてもらって、おそらくお母ちゃんのお目目はキラリン*と光っていはずです。おほ。
ああ、後で弟1号に電話していろいろ話さなくちゃ~~。
というわけで、今日は有り難い1日となりました。
ありがとうございます。
今年の恵方は庚の方角よ。来年は丙の方角よ。
昨日の七五三の話しの延長。
ググってみたら、面白い話を見つけました。
今では沖縄にしか残ってないそうなんですが、やはり昔は七五三では「第三の目を開く日」という意味があったそうです。「天の岩戸開き」がその象徴だそうです。
沖縄では11月15日の儀式で、額に黒目を描く…というのが残ってるみたいです。
というのも、人間には10の穴があり、顔に7つ、下半身に3つ(男性の場合はオチンチンの穴は1つだけど役割が2つあるので、肛門と合わせて合計3つと数えるらしい)あるんですが、第三の目を開くと穴が11になります。
それに、重要な五臓の5も合わせて、11月15(7+5+3)日に儀式をするという理由につながるそうなのです。
なかなか面白いですねぇ~。
****
さて。
今日は神社巡りデーとなりました。
というのも、昨日、先生に教えてもらったことを「善は急げ。」で実行したかったからです。
説明すると非常に長くなるので簡単に書きますと、「歳徳神様のいらっしゃる恵方にある神社でご祈祷してもらう」というものです。
昨日のうちに旦那さんに調べてもらい、今日はドライブ感覚で出かけました。
範囲内にたくさん神社はあるのですが、社務所が開いていて、当日すぐにご祈祷してもらえる神社なんてそうそうあるもんじゃないので、とりあえずご祈祷していただければラッキー…ってな気持ちだったので、ドライブ感覚というわけです。
実際、アチコチ行ってみましたが、社務所が開いてるところは蒲郡の竹島にある弁天様の所だけでした。
「あのー…。ご祈祷お願いできますか?」と聞いてみたら、「ええ。大丈夫ですよ。」と即答。
おおおおお!!
素晴らしいです。有り難いです。嬉しいです。
弁天様と歳徳神様からの御利益をいただけるのですから、もーー嬉しいですわーー。
そうそう。
車の中で旦那さんに
「恵方って言っても、人(住んでる場所)によって当てはまる神社が違うわけやん?てことは、やっぱり神様だから遍在していらっしゃるってことだよねー?」と、ふと思ったことを言ってみたら、
「多分ねぇー、歳徳神様は恵方にいらっしゃるというより、恵方の反対を向いてらっしゃるんやて。だから、俺らは恵方に向くことで歳徳神様の真正面に対することになるんやな。」と、旦那さんが言うのです。
おおおおおお。なるほどーーー。
つまり、自分から見て恵方にある神社に出向くことによって、歳徳神様の方に真っ直ぐ歩み寄ることになるわけですな。
ヨチヨチ歩きの子がフラフラしながらも真っ直ぐ自分の方に向かって歩いてきたら、「おお。愛い奴よ。」って気持ちになりますよね。
だから歳徳神様も祈願成就のためにお力を貸してくださるわけですな。
…と、勝手に納得してしまいました。
ありがとうございます。歳徳神様。弁天様。
さてさて。
その恵方にある神社巡りをしている途中、カワイイ建物の薬局を見つけました。
漢方薬も扱ってる薬局だったので、旦那さんが「行ってみたら?」と車を止めてくれました。
別に今、欲しい漢方薬があるわけではないのですが、なんとなく「うん。行ってみるー。」と、買う気もないのにお店に入ってしまいました。
そしたら、お店の奥から「あ。お久しぶりですー。」と声をかけられました。
……えーと。会ったことある女性だぞ。誰だっけ??
「(名古屋の)△△薬局にいたんですけど。」と、言われてやっと思い出しました。
そうそう。いつもお世話になってた薬局にいたお姉さんだよ!
制服じゃないし、髪形が変わってたからすぐに思いだせなかったよ~~~。
その薬局が実家だそうなんです。
結婚してから、週に3日…だったかな?その実家の薬局のお手伝いをしてるそうなんです。
いや~~~。なんという偶然なんでしょ。
さすが恵方です。ブラボー。
えっと。
それでですね。
これも何かのご縁だということで、アキオが選んでくれたパワーストーンを2つ買いました。
今度行く時は、お野菜を持って行こうと思ってます。
七五三はとっても大切。
今日は、例の先生のところに行ってきました。
別に大きな相談ごとがあるわけじゃなかったんですが、なんとなく先生んとこに行きたくなり、予約しておいたのです。
こーゆー時は、だいたいサプライズがあるわけですが、案の定ありました。
んはーー。
書き切れんので、今度会った時に詳しく話すよ。>ミミちゃん、クミちゃん、サオリさん
あ、1つだけ書いておきましょう。
みなさん、お子さんの七五三はちゃーんとやってあげてくださいね。
七五三には実はものすごーく大きな意味がありまして、人生で2回しかないあの七五三で、第三の目を開いてもらえるそうなんです。
(開くと言っても、おそらくチャクラ全開!というわけではなく、切り込みを入れる…って程度だと思うんですが。)
ウチのオカンみたいに、元々仏縁が深い人は七五三に行ってなくても生まれながらに切り込みが入ってるようなんですが、だいたいの人は切り込みを入れてもらわんと『神様仏様の縁』がいただけないんでしょうな。
先生曰く、「第三の目が潰れてる人には、どれだけ話しても神様の話がスーッと入っていかないんだよね。」
なるほどーーー。
唯物的な人や、どーにも神様を信じられない人ってーのは、第三の目が潰れてるのかもしれんってことですね。
第三の目が開くと、所謂「霊感が強い人」になる場合も多いらしいですが、それは二次的な効果(守護霊さまの判断に依るもの)と言うべきでしょう。
大事なことは、『神仏の光』がこのチャクラから入るそうで、開くことによって入ってくる光が増えるということです。
そうすると、どうなっていくかは簡単に想像できると思います。そーゆことなんですよ。ええ。
ですから、お子さんの七五三はちゃーんと神社でご祈祷していただきましょう。
ちなみに、眉間の少し上にあるチャクラ(第三の目)は特に感じやすいかもしれません。
あと、お臍の少し下のチャクラ(丹田)も意識しやすいかも。
時々、チャクラが開くイメージをしてみるのも良いかもしれませんね。
第三の目から藍色(インディゴブルー)の光が、丹田からはオレンジの光がらパァ~っと出るようなイメージで。
光がグルグル回転するイメージだと更にヨロシイかと。
あ。
今、思ったんですが、キリスト教では赤ちゃんに洗礼をしますよね。
アレもチャクラを開くための儀式かもしれんですね。
クリスタルチルドレン
ちょっといろいろ思うところがあって検索をしていたら、「クリスタルチルドレン」という言葉に当たりました。
「インディゴチルドレン」はかなり前から知ってましたが、クリスタルは知りませんでした。
今の10歳以下の子どもたちのほとんどがインディゴだと言ってる人もいるので、アキオはきっとインディゴ以上なんだろうなぁ~。
んーー。
でも、アキオはもしかしたらクリスタルチルドレンかもなー。
で、続きがありましてね。
今、クリスタルに続いて、レインボウチルドレンが生まれてきてるそうなんです。
クリスタルより更に霊性の高い、「地球での過去世がない魂」の子どもたちです。
…実は、ちょっと前に五井先生の後継者である西園寺さんの本を読んで、同じことが書いてあったんですよ。
そういう子どもたちが生まれてきて、人類の霊性向上(それからアセンション)に導いてくれると。
あーー。もうそーゆー子どもたちが生まれてきてるんだー。彼らをレインボウチルドレンって呼んでるんだー。
と、ちょっと感動にも似た気持ちになりました。
んでもね、てことはね、私達もうかうかしとれんってことなんすよね。
今まで、うかうかし過ぎとったでねぇ。
神秘を感じる心
夕方の5時過ぎから息子が寝てしまったんだが、今夜はどうなるんだろう?
体調が悪いから、そんなに遅くまでは起きてないとは思うけど。
さっきは、息子の楽しいTVタイム中に日記を書いたけれど、書き終わったら寝てしまってたので、またまた日記を書いてしまえ。
息子が「わんわん」に夢中か、寝てる時くらいしか書けないからねー。
昨日、数子ちゃんの番組に伊藤かずえがゲストに出てました。
「(占いは)良いことしか信じませんから。」なんて言ってました。
そしたら案の定、後から数子ちゃんに言われてました。
「もっとね、神秘的なことを知る方がいいわね。」ってな感じでしたか。
多分それは、占いを信じる信じないなんていう、表面的なことを言ってるんじゃないんですよね。
私は、6歳の時に、「宇宙・宇宙旅行」という子ども向け図鑑を開いた途端、その神秘性に魂をつかまれてしまいました。もう、そうとしか表現できない体験でした。
そして、それからずーっと科学者になりたいと思い続けていました。
科学者になって、宇宙の神秘を知ることができたら、「なぜ自分(たち)はここにこうして在るのか?」が分かると思っていたからです。
科学の究極の目的はそれだと、小さな子どもながらに確信していました。
今、「生きて死ぬ智慧」という本が売れているそうです。
実は、オカンがNHKでこの本についての番組を見ておりまして、電話でその話を聞いていたんです。
オカンは著者名を忘れていたので、私は勝手に男の人が書いたのかと思って聞いてました。
で、先週実家に帰った時にこの本を見て、「なーんだ。柳澤桂子さんかー。そりゃそーゆー本が書けちゃうわ~。」と、中身を読む前から納得してしまいました。
柳澤さんのことは、以前、これまたNHKの番組を見て知っていました。
生物学者であり、長く辛い闘病生活を送ってきた人です。
科学者が、自分の病気と向き合って、究極の目的である「神秘」に触れたわけです。
あーーー、もう、その言葉が、魂を震えさせるに決まってるよなぁ~、と思いました。
だから、多くの人が読むわけです。
(実際、読んでみて「なるほどー。」と、唸ってしまいました。)
今の私の生活は、五井先生のお祈りと縁をいただいてから、どんどん神様色の強い意識や生活になっています。
現在の科学では追いつかないほど遠くの神秘を見ています。
けれど、小さな子どもの頃の私もちゃんと生きています。
宇宙の神秘を、科学の目で見ること。
そして、科学がいつか「なぜ自分たちはここにこうして在るのか?」を解きあかしてくれることを信じています。
昔、酔っぱらった恩師が言っていました。
「いつか、宗教も哲学も科学も、1つに統合されるんだよ。始めに戻るんだよ。」って。
本当の科学者は、みんな「知っている」のかもしれませんね。
神秘の中にある智慧を探す探検家ですからね。本当の科学者は。
神秘を感じる「感受性」を、どこかに置き忘れてしまってる人も多い気がするけれど、あの本が売れてるってことは、目醒めている人も少なくないのかもしれないなぁ、なんて思ったりしました。
魂に直接届く波動(ひびき)
今日は旦那さんとアキオと弟1号と一緒に、例の先生のところに行ってきた。
すごかった…。
びっくりした…。
霊能の片鱗がある弟は、やっぱりスゴい。
霊能が眠っている私には、そんなスゴい『感覚』は得られなかったけれど、『それが本物である』ということを疑ってはいない。
疑ってはいないのだけれど、弟のように絶対的な感覚として『それが本物である』ということは分からないのだ。
先生の霊能の高さを知っているし、弟には昔から霊能の片鱗が見られるということを知っているから、彼らの言葉は私にとって『疑う余地のない真実』ではあるのだが、残念ながら私は『気がついたら涙が目に溜まっていた』というくらいなのだ。この差はあまりにも、あまりにも大きい。
しかし、やはり真実なのだ。
『魂が震える』というのは、比喩ではない。本当に震えるのだ。魂が!
そして、彼らが『魂が震える体験』をしている姿を見ることで、私にも彼方にある真実に触れられるような気がするのだ。
私達はあるものを見た。
しかし、それが何であるのかは、書き切れない。
神を信じていない人に対しては、語る言葉が失われるのだ。
祈りある人は、幸いである。
本当に、本当にそうなのだ。
続きっす。
昨日の中日-横浜の開幕戦、見ました?
…って、こっちの地方しか地上波では放送してないんだろうな。多分。(スカパーは「ラブ・ベースボール」っつーことで放送してただろうけど。ウチもスカパーは持ってるけど、引越し後まだ繋げてないんだよー。ツールの季節までにはなんとか…。)
お母ちゃん、他ごとをしながら最終回の裏だけ見てたんですよ。息子と旦那さんがお風呂に入ったんで。
ハラハラするのもイヤなので息子妊娠中から、ほとんどTV観戦しなくなっちゃったんですよ。
生まれたら更に見てられんようになりまして、最近はドラゴンズの選手でも若手は顔と名前が一致しない有り様。
そんなわけで、昨日も9回裏だけ他ごとしつつもゆっくり見ることができました。
「んまー。憲伸も番長も頑張ってるやん~。0-0かぁ。」
と、唸った途端、先生(と我が家で呼んでいる立浪)が3ベースヒット。
きゃーーーっっ。
困りました。困りました。
ええ、もちろんドラゴンズには優勝してもらいたいんですが、横浜が負けるのも面白くないんです。
なぜならば、私は牛島のファンだからです。
現役の時から好きだったんですが、解説者としても良かったんですよー。
旦那さんと
「いつ牛島が中日のピッチングコーチになるんかなー?」と楽しみにしてたのに、いきなり監督ですもんね。それも横浜ときたよ。
てことで、オチョア(と我が家で呼んでいるアレックス)が粘りに粘ってる打席を困りながら真剣に見ちゃいました。
「あああ~っ。オチョアにも打ってもらいたいけど、打たれたら番長が可哀相やし~~。うがー。」と、悶絶してました。
ええ、疲れましたよ…。
結局、オチョアのサヨナラ満塁ホームランという劇的な試合となり、「こんな試合見たことないー。」と、某アナ風に言ってみました。
んー。またドラゴンズがセ・リーグ優勝かなー?
牛島監督も頑張ってねん。
田尾監督も頑張ってねん。(田尾も好きだったのさ。)
さて。
先日の話しの続きです。
旦那さんが家の間取りを描いたわけですが、私のイライラ落ち込みの原因が間取りではなく、旦那さん系のご先祖様の障りと分かり、間取り図は不要となってしまいました。
しかし、先生がそれを見て反応するではありませんか。
「これは、玄関が悪いな。」
ええ。それは私もほんのり知ってたんですよ。
真北の玄関は良くない(北-南は神様の通り道なんだそうだ)ってのは知ってたんですけど、それでも借家だからねー。どもならんがね。
ちなみに、ウチは鬼門が台所なので、これは鬼門封じの御札をもらいに行かなきゃね、と前々から先生と話しておりました。これも借家なので仕方がないからね。
「んんー。この東南の部屋が少し出てるのが良いねぇ~。ここを玄関にしちゃえば、とってもいいんだがな~~。ものすごくいいなぁ。運気がどんどん上昇して、お金も入ってくるんだけどなぁ。」と、先生。
えーーー?マジっすかーー?
でも、東南の部屋(今は服部屋にしてる)を玄関に改築なんてできないよぉー。借家だもん~。
すると、旦那さんが言いました。
「僕、実はこっち(南側)の垣根の一部から出入りできないかってずーっと考えてたんですよ。北の出入り口に面してる道路って車の往来が激しいんで、アキオが歩くようになったら怖いな、と思ってて。で、南側には狭い生活道路なんで、近所の人しか使わないんです。こっちから出入りするもんだと教えたいと思ってたんですよ。」
ほんと、しつこく旦那さんは言ってたんですね。
「こっちから出入りできんかな?」って。
しかししかし、借家だよ。大家さんになんて言うのん?
「こーゆー時はハッタリでいいんだよ。『有名な風水師がこう言いましてね。』って。」と先生は笑って言いました。
さらに、
「守護霊さんたちも『そうしろそうしろ。』と言ってるねぇ。守護霊さんたちがそう言うってことは、上手く話しが通じるってことだから大丈夫だよー。もしこれで通じんかったら『あんたたち本当に守護霊?』ってことになっちゃうよね~。」と先生は冗談めかしに言いました。
なるほど。そりゃそうだ。
お母ちゃん、守護霊さまたちが「そうしなよー。」って言ってるんならそうしたいしなぁ。
ここで、「それは本当に守護霊なの?証拠なんてないやん。」と思う人もいると思うんですよ。
それはね、半分正解だと思うんです。実際、私には守護霊さまの声なんて聞こえないしー。
でも、ホンモノの霊能者かどうかってーのは、なーんとなく分かるんです。おかげさまで。
『高級霊からお力をいただいている霊能者』か『幽界の低級霊とつながってる霊能者』かを、五感しか働いていない自分が見分けないとアカンわけですよ。
幽界の低級霊とつながってる霊能者(五井先生風に言えば「低級な行者」)だって、ものすごーくいろんなことが分かるんで厄介なのです。
なぜなら、幽界の霊魂は人間の幽体を見てるからです。
幽体にはその人の経験や想念が全て記録されているからです。
(ここで言う幽体だの幽界だのという言葉そのものにはあまり囚われない方がいいよ。とりあえず名前が無いと記述できんからさ。)
だからね、カルト教団の教祖なんてーのは、だいたいは低級霊とつながっちゃってるんですね。
真面目に修行してたのに、途中で「自分は悟った。」なんて言い出すのが特にヤバいですな。(麻原とかね。)
中途半端は非常に危ないんです。
「なんであんなカルトにはまるの?」って思うでしょ?
だって、お見通しなんですもん。個人的なことを当てられたり、目先の問題をさっと解決してくれたら、そりゃ普通は信じちゃいますよー。
でもね、それでも間違ってるもんは間違ってるんです。
慈愛に満ちた、神に近い高級霊からお力をいただいている霊能者なのか、人を惑わせたいだけの低級霊とつながってる霊能者かを、自分で見分けるには、もうそりゃ『自分の感覚』しかアテになりません。
麻原なんて、教義は既存宗教のパクリだから納得できることが多かったんですよね。
でも、なんか胡散臭いというか、光ってないなぁ、って思ったんですよ。昔っから。
そーゆー感覚がまだ自分には無いなぁ、と思う人は、「守護霊さま、教えてください。」ってお願いするのが一番ですね。
そうすると、なーんとなく気が進まないとか、なーんとなくいいかなー?とか、そーゆー気持ちになると思います。
自分の頭で判別しようとしないのがコツですね。
ちなみに、最近メディアにもよく登場しているスピリチュアルカウンセラーの江原さんはOKなんで、全然そーゆー感覚が分からんと言う人は、江原さんの番組を見ることから始めるのもいいかもしれませんね。
ホンモノの霊能者の話しを聞いたり相談に乗ってもらったりしてると、自分の霊性も少しずつ高まって行くんですよん。ありがたいありがたい。
というわけで、多分、リフォームをすることになるんでしょう。
ただ、今年は旦那さんが「健弱」の年なので、来年になりますな。
あとはですねー。
先生のお友達(?)の息子さんが仏師さんなんですけどね、この息子さんの師匠さんのお子さん(小学生)がダウン症なんだそうです。
で、このお子さんと家族がTV取材を受けたそうで、その番組の話しを先生がしてくれました。私、見てなかったからね。
そしたらですね、そのダウン症の子の周りにはいつもお友達がいるんだそうです。人気者なんだそうです。
「お徳の高い子は、そうやっていつもいつも周囲に助けてもらえるんだよね。すごいよねー。アキオくんもそうなんだよ。」と先生が教えてくれました。
なんとなくね、感じてはいたんです。
アキオは母親の私なんぞより、ずーっとお徳の高い子だろうなぁ、って。
私はアキオにいろんなことを教えてもらうんだろうなぁ、って。
実際、アキオが生まれたおかげで、旦那さんなんて人生の方向転換しちゃったしね。