今週の金曜日が夏至の日ですね。
夏至の日に、変化の波に私は乗ります。あるがままの私を受け入れます。
なんて感じに宣言すると良いみたいですよ。
ありがたいことですね。
(コチラ参照。他にも夏至のことはあちこちでひっかかりますよ。)
もう、始まっている。
『なんで?』というのは、ちょっと横に置いといて、ともかく私達が生きている物質世界であるこの次元というのは、そもそも二元性が在るというか、それがこの次元の属性か?というくらいのものみたいなんですが、般若心経にもある『色即是空・空即是色』、つまり、どんどん自分のマインドの働きを止めていき、ゼロになった(空)になったところで、初めてこの次元の二元性に縛られている我々のマインドが【本当の意味】での自由自在を得ることができる、ということらしいので、個人的に悟りを得るというか、アセンションするというのは、非常に難しい課題であることには間違いないわなぁ、と、常々感じておりました。
そうは言っても、すでに『それ』は始まってるわけで。
うかうかしとれんのですな。
で。
コレ(長いよ。ヒマのある人だけどうぞ。)を昨日の夜に読んでいて、2007年は『衝突』の年なのかぁ……と、布団の中に入ってもなかなか眠れず、なんとも不思議な気分になっておりました。
対立でも闘争でもない、『衝突』です。
1つのものから2極が生まれ、それが臨界まで離れているのが今の状態で、それが引き合って、ぱぁ~~んと『衝突』して、再び1つになる、というわけですね。
その再び1つになる時に、『新しいエネルギー』が生まれる、と。
でも、その『衝突』の『事象』というか、ドラマというか、たとえば何かの天変地異とかね、そーゆーものとして現れた場合の、その天変地異そのものに心がフォーカスしちゃうと、せっかくの変化を自分のものにできずに、そこに立ち止まったままになるよ、というのです。
そして、きっとそれは、自分の心の中でも同じことなんでしょう。
ドラマというか、感情を『そのまま感じきる』ことに意味があるはずなのに、感情にフォーカスしたまま立ち止まっていては、動けんわな。
でもって、そーゆーうにょうにょした感情が出やすいってのもあって、ついついね……。
てなわけで。
最近、よく目にする『光と闇の統合』というのが頭の中のあちこちでチラチラしてしまいます。
もう、そういうステップに入ってるんだろうなぁ~。
そしたら、お気に入りのブログで再開された記事にも同じようなことが書かれてありました。
やっぱりなぁ、と、しみじみするお母ちゃんでありました。
因果説じゃないよ。果因説だよ。
昨日の記事を書いて、の今日。
今月の西園寺さんの法話に、そのまんまのことが載ってました。
でもってね、それだけじゃなく、法話の最初に『病気』のことが書かれてるんですが、実は2日前から【普段は低血圧傾向なのに】えらいこと血圧が上がっちゃってね、頭痛に悩まされてるんですわ。
まるで産後の血の道大騒ぎ……と同じような症状でして。
(ま、一種の好転反応だと思うんですがね。)
なので、西園寺さんの法話の出だしから「ああっ。またまたシンクロニシティだわ。シンクロニシティは守護霊さまからのメッセージよねーー。」と、感激しておったのですが、読み進めるうちに、もっともっと核心へと誘われ、とうとう最後には涙を流して、お母ちゃんは「五井先生、西園寺さん、どうもありがとう。」と手を合わせてておったですわ。
この法話を読む前、またしても洗濯を干しながら、そして空や緑を見ながら、お母ちゃんは呟いてたのです。
「空はこんなに綺麗だし、雲も白くて綺麗だし、緑も美しいし、風も気持ちよいし。とても地球は美しいもん。人類が平和にならんわけがないやん。地上天国を現すために私達は神様から分かれてきたんだもんね。大丈夫大丈夫。」
ってね。
私は、能天気って言われても、やっぱりそう思うし、そうだと信じているのです。
水不足や食料不足が深刻になるらしい。
エハンさんのこの記事を読んで、「おお、アンマが日本に来てたのか~。」とちょっとビックリ。
そっかー。神戸や東京には行けなかっただろうけど、私もアンマに一目会ってみたかったなぁ。
実はエハンさんのことはちっとも知らなかったんですが、某サイトの掲示板に書かれてたので行ってみたのです。
で、今日は熱のため2日間保育園を休んでいた息子も元気に保育園に登園したし、娘は寝てるし……てことで、久々にゆっくり洗濯物を干すことができましてね。
だいたい、何か「お。」と感じることを教えていただける時ってーのは1人で洗濯を干してる時が多い私。
今日もそうでありました。
エハンさんもそうだし、某サイトの人たちもそうなんだけど、次元上昇に伴って一時的に人類は今までの業のために艱難辛苦を味わうと言われてることに対して、『世界的な水不足や食料不足が深刻になるから、今から食料を備蓄しておきましょう。』というのをよく目にします。
うん。ある意味、そうだと思うんですよ。
多分、水不足や食料不足が深刻になって、日本人も困ることになるんだろうな、って。
でもね、なーんか、そーゆーの(備蓄しましょう)って、イマイチしっくりこなかったんですよ。
きっとそうなんだろうけど、なんか根本的な部分がしっくりこない……。
みんなが不安になっちゃうやん、って。
それに、備蓄したとしてですよ。
じゃあ、実際に困った状況になった時、隣の人は備蓄してなくてとても困っている姿を見て、みんな自分の食料を分け与えることができるかなぁ?
それができないんなら、やっぱり人類のアセンションって難しいんじゃないの?って。
でね、洗濯を干してる時にふと思ったんです。
「ああ、五井先生だったら、こんな言い方しないし、西園寺さんもこんな言い方してないよな。」
って。
みんなの不安までも引き受けちゃうからね。五井先生は。
やっぱりね、不安を煽るような言い方ってよろしくないよなぁ、って思ったんです。
反省すべきは反省し、改める部分は改めるように促すのは大切だけど、不安にさせるのは良くないよね、って。
だって、不安って気持ちはすごく強いから、それだけで現実を引き寄せちゃうもんね。
ま、それでもですね、何故か「今年は田んぼを増やさんかね?」と向こうから話が来たので、ウチは去年の倍の量のお米の収穫を目指しております。
それも備蓄になるのかな?
んんーー。
かみさま
さあさあ、日曜日は世界中のお友達と一緒にお祈りするですわよ。
みなさん、気がついたら「世界人類が平和でありますように。」とお祈りしましょう。
ところで。
この記事が面白かったです。
ここには書いてないけど、嫁に行った場合というのはどうなるんでしょうね?
シンクロニシティは守護霊さまからのメッセージ。
ちょっとね、ふと思ったこと(思い出したこと)がありましてね、それでね、娘にお乳をあげながら世界平和のお祈りをせっせとしてたんですよ。
そして、娘が眠ったので、パソコンを開けてふらふらしてたら、この記事を読ませてもらいましてねぇ。
いやはや。プチびっくりですよ。
思ったこと(思い出したこと)って、このことだったんですもん。
こーゆーシンクロニシティはよくあるんですが、「それでいいのよ。」という守護霊さまのお言葉だと感じました。
世界中の人たちと一緒に世界平和を祈りましょう。
この1週間、かなりの体調不良で日記の更新もできませんでした。
そいでもって、ちょいと「おお。」ってこともありましてね。
それについては、また今度書きまする。
さて。
本日はお誘いであります。
5月20日は世界で10万人を超える人たちが世界平和の祈りや瞑想をします。
1人でお祈りするのも大切なことだけど、みんなで一緒にお祈りをするともっともっと素晴らしいことになります。
5月20日はほんの少しでいいので、一緒にお祈りしましょう。
ちなみに、『戦争がなくなりますように。』とかっていう祈り言はやめた方が無難です。
(意識が世界を創造するので、『戦争』という意識から離れた方が良いのです。)
やはり『世界人類が平和でありますように。』がオススメであります。
詳しいことはコチラを参照してください
それは『喉』からいつも始まる。
一昨日の夜、久しぶりに喉のあたりに『ある感覚』をふいに覚え、自分の身体がぼわ~んと大きくなるような感じになっていきました。
これって、以前は時々なった感覚です。
「あ。これって、自分の幽体を感じてるんだー。なーんだ。子供の頃からのこの不思議な感覚って、そーゆーことやったんや~。」と、何故かそう思いました。
てか、パンっと分かったって言った方がいいかな。
そうなんです。
どうしてだか『喉』から始まるのです。いつも。
そして昨日の夜。
たまたま見たブログに「お。」と思いました。
うん。
私もそうなんですよ。
サードアイ(第六チャクラ)より、喉(言葉)の方が力があるみたいなんだよねぇ。
だから『喉』から始まるのかー、と妙に納得しました。
そこが入り口。
この数日、ネットワークを通じて学生時代の同級生と「スピリチュアル談義」をほんの少しばかりしております。
彼女は自分でも「つい最近まで唯物論者だった。」と言うくらいなので、スピリチュアルな情報に対してまず『懐疑的』に接しておるようです。
それはとても良いことだと思いました。
だって、玉石混淆だもん。特にネットの世界は。
私もこれでも結構『ほんとかねぇ?』と疑ってかかるスタンスをとりますもん。
んでも、最近では感覚的に「あ、これはOK。」とか「これはちょっと…。」とか、判断することが増えてきましたが。
その彼女が、スピリチュアリストかどうかというのは、死後の世界があることを信じるかどうかだと言ってました。
ま、確かにね。そうかも。
そういうふうに考えたことがなかったので、なかなか面白い意見だなぁ、と思いました。
だとすると、私なんて物心ついた頃からスピリチュアリストってことになるわけでして、立ち位置が違う人の意見って、ちょっとしたところが新鮮で面白いなぁ、と感じました。
でも、死後の世界があるとか、輪廻があるとかを信じる信じないというのは『入り口』だと思うんです。
そこから『信仰』を持ち、『祈り』に入ることが、入り口から歩き始めることだと思います。
(もちろん『信仰を持つ』というのは特定の宗教に入ることではないよ。)
そこからが本番、です。
光への長い道のりです。
で。
その長い道のりをちまちまちまちま歩いている私に、今までは優しいばっかりの感じだった守護霊さまが、どうも最近はちょっと厳しい感じがするんですよねぇ……。(あくまで感覚の話。別に私は何かが見えたり聞こえたりする霊媒じゃないから。少しばかり肉体感覚として「実感」を伴うことがあるだけ。)
赤ちゃんから幼児くらいに成長したってことなんですかね?私が。
赤ちゃんは叱られないもんねぇ。
ところで、ふと思ったんですが。
『自然農』って、『祈り』に似てるなぁ、と。
どこが?と言われても困るんだけど。
信じられん人には何のこっちゃ、という話しだけど。
西暦2012年12月23日に、地球がアセンション(次元上昇)するのに伴い、人類もアセンションする……と、一部の人たちは言ってますが、それがそのまま本当かどうかは怪しいと思っております。
【その日】にどかーんとアセンションする、なんてことは無いんじゃないか、というのが、今のところの私は感覚的にそう思ってます。
や、ほんとになんとなく、の感覚なんだけどね。
が。
ピチっとした日付の部分は別にして、地球が次元上昇しているところである、というのは間違いないよな、と感じます。
それに伴い、人類もまた【目覚めつつある人たち】が増えてるなぁ~~、というのが実感としてひしひし感じます。
いえね、私の周囲でもそうなんですよ。
今まで、そーゆーこと(いわゆるスピリチュアルなこと)に対して無関心だった人が関心を持ち始めたり……というのを結構見かけるんです。
そういう意味では、江原さんの功績は本当に大きいですなぁ~。
さて。
ハトホルさんたちも2000年から2020年の間に、人類の意識もかなり変容するようなことを言ってますが、実際にどんなことが起こるのかは分かりません。
人類が二極化していって、目覚めることができない人は違う惑星に行くこと(転生)になるのかなぁ……。
坂本さんもこの本でサラっと、2012年をピークにして起こるであろう地球での一大イベントを観察しようと、高次の存在(宇宙人とかね)が待機してる……みたいなことを書いてますし。
んーー。
えっとですね。
実を言えば、割と呑気にしてたんですよ。
「どんなことになっても、五井先生のお祈りをしてるから大丈夫さ~。」みたいな感じで。
それがですねーーー、なんて言いますかねーーー……。
娘(絶対に私よりうんと高い霊格の魂やで。この人。)が生まれてから、どうも「あれ?」っと感じることが時々ありましてね……。
守護霊さまに「あんたもうかうかしとったらアカンよ。」と言われてるような感じが、すっごいするんですわ。
今までは見過ごしてもらってたことを、見過ごしてもらえない……みたいな感じって言ったらいいですかね。
より高い霊性の進化を求められてる、ってことだと思うんですが、『ダメ出し』が身体に出てるみたいなんですよ。
最近、やっとそれに気がつきました……。とほほ。
とにかく。
先日もシェアインターナショナルのサイトを見てたら、いきなりすんごい波動を感じまして、やっぱり【その時】は近いんだろうなぁ、と思わざるをえないですわ。