相変わらずキビシーですなぁ~。takakoさん。
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でも。
その厳しい言葉使い云々は置いといて、ちょっと「お。」と思ったんですよね。
私ね、「使命」とか「天命」とかって、多分、生きてる間はよく分からないものなんじゃないかなー、と思っとるんです。
もちろん、「真に分かってる人」もいると思うんですけど、それは少数派で、凡夫の我々はやっぱり死ぬまでよく分からん派だと思うんです。
でも、「天命」ってあると思うんです。
それは、生まれてくる時に
「これをクリアしたい。この課題に挑戦して、こうなりたい。」
と魂が設定した目標みたいなもんだと思うんです。
なので、悩んだり苦しんだりしつつも、なんとか前に進もうと努力してりゃ、それが「天命を完うする道のり」なんじゃないかなー、と思うんですよ。
それに、魂が設定した目標なんて、人間の感覚からかーなーりハズれてるものだって多そうだから、下手したら殺す殺されるってことも、「清算」って目標の1つになってる場合だってあるかもしれないし。
そう思うとね、今の自分の感覚でどうのこうの言えるようなもんじゃないだろうなー、と感じるんです。「天命」って。
だから、生きてる間に分かるようなもんじゃないよなー、って思うんです。
(だからこそ、五井先生の「私たちの天命が完うされますように。」という言葉で祈るしかないんだよね。私は。だって私もみんなもどんな天命があるか知らんもん。でも天命が完うされる人生をおくれた方がいいやんねー。)
なので、不遜だろうが何だろうが、人の役に立ちたいなー、という気持ちが強くあるのなら、人の役に立つと思われることを探してすりゃいいと思うんです。
でも、それに使命とか天命とかって言葉を付与するのはやめた方が無難だよな、と私も思います。
自分がやりたいからやってるの。
やりたいから頑張ってるの。
そう言えれば、それで十分なんじゃないかなー、と思うんです。
それで人に喜んでもらえたなら、素直に自分も喜べばいいと思うし。
…でも。
そんなにたくさんいるのかなー?
「これは私の使命なんです。」って感じでスピの世界を歩いてる人って。
私がそーゆー人を見ないだけなのかなー?
なんかみんな、てきとーにゆるーい気がするんだよなぁ~。
私のスピつながりの人たちって。