【mixiより転記 12月1日】
えっとですね。
子供の頃から「時間」ってなんだろう?って不思議で仕方がなかったんですね。
で、ある時(まだ学生だった頃)、
「永遠は刹那。刹那は永遠。」
って、ふいに思ったんですよ。
でも、それって、分かるようで分からない言葉でね。
そして、ゆうべ気がついたことなんですが。
よく、大本の神様の次元では「時間」が無いって言いますよね。
どこの次元から時間が生まれてくるものなのか分かりませんが、とりあえずこの三次元では、過去・現在・未来と時間は「過ぎていく」というか「流れていく」ものであって、逆行しませんね。多分。
そんな世界観の中で生きてきて、確かにこの三次元ではそうだよな、って当たり前に思って生きてきたわけです。
「今」にフォーカスして生きることが大切、といろんな人が異口同音に言ってますけど、それもそんな世界観の中での理解でしかありませんでした。私の場合。
でもね。
「時間の無い」神様のところから私達を見てみたら。
常に「今この瞬間」しか有り得ない。
「刹那」がいっぱいいっぱい存在している。
ああ、ほんとだ。
「刹那」は「永遠」だし、「永遠」は「刹那」なんだ。
って、「は。」っと気がついたんです。
ということは……。
私達は、「今」しか生きられないってことです。
そしてそれは、「今」の私の意識(意図)次第で変わるのは「未来」だけではなくて、「過去」も変わっていくってことです。
つまり、「【世界】が変わる」ということです。
なぜなら、私達の本質は「神」だからです。
神の目線で見て、神の目線で意図するということは、そういうことになります。
(ああ、「我即神也」って、ほんとーに究極の真理ですねぇ。)
もちろん「世界が変わる」というのは「捉え方が変わる」っていう意味じゃなく、本当に変わるということです。
本当に、です。
カルマを浄化していく、って、そういう意味でもあるんですね。
「この世界はどんどん進化していく」というフレーズは、「時間ありき」の表現です。
時間の無い神様にとって、それはどういう意味合いになるんだろう?って疑問に感じていたのですが、ちょっとだけ垣間見たような気がしました。
ほんとにちょっとだけだけど。
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