【mixiより転記 8月30日】
「上」でのお茶会で、かさねさんが見てくれた【ハイヤーセルフのビジョン】がきっかけで、ともこさんが古代エジプト時代の妹だった、ということをクレアコグニザンスとしか言えない感覚で思い出したわけですが。
その後、ききょうさんとともこさんと私との間で少しやりとりがありました。
最初に私が思い出した過去世より前の過去世でも、ともこさんは私の妹でした。
その時の私は姉でした。
以前、ききょうさんが書かれた日記が↓です。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=630768563&owner_id=14461292
これを読んだ当時は、
「再生復活を祈る神事のための生贄なんて、こえー。てか、やだよなー。こーゆーの。」
と、思ったくらいだったのです。
だって、自分と関係がある出来事だったなんて露とも思わなかったんですもんね。
でも、とても深い関係があったんです。
妹は、この時代でも巫女(女性神官)で、なんと自ら志願して生贄となっているのでした。
ききょうさんから教えてもらった時は、「へ?そうなの??」とビックリはしたものの、どうしても思い出せません。
なんでピンとこないんだろう???と不思議でした。
さて。
ききょうさんに薦められてアマゾンで購入した「フラワーオブライフ」が届いた日のことです。
フラワー・オブ・ライフ―古代神聖幾何学の秘密〈第2巻〉 (2005/09) ドランヴァロ メルキゼデク |
本を読みながらも、お父ちゃんとおしゃべりしておりました。
すると、お父ちゃんが言いました。
「面白いなぁ、と思ったんだけど、ききょうさんとともこさんとお母ちゃんは、今世でも昔と同じようなことしてるんやね。ききょうさんは、その高い能力ゆえに『縛られて』、お母ちゃんは怒りながら「真実はどこやー。」と探しまわって、ともこさんは神様の中に素直に飛び込んでさ。」
今世のともこさんは「道具」となって絵を描いていますが、それって一種の「神様に委ねてる姿」だと思うんです。
ききょうさんだけでなく、子供の頃から【分かる人】であることは、生きにくさを伴うということは、容易に想像できることだと思います。
真に共感することはできなくても、です。
だから、なるほどな~~、お父ちゃんウマイこと言うなぁ、と思ったんです。
それで、私は思い出したんです。 (またまたクレアコグニザンスとしか言えない感覚で。)
当時の私は、神様(というか神官たち?)にも怒ってたし、自分自身にも怒っていたし、妹にも怒っていたんです。
妹との最後の時間にも、私は怒ってて口をきかなかったんです。
なんてことでしょう。
妹の信仰、妹の想い、妹の愛を真から理解しようとせず、私は怒りのために妹に背を向けたのです。
この「怒り」は、ずっと自分のさまざまな過去世と今世にも影響してるなぁ、と気がついたんです。
たとえば、古代エジプトの妹に対して怒ったように、私は弟たちにも同じ怒り(そりゃ強度は同じじゃないけど。生死の問題じゃなかったんで。)を感じたりしてたのです。
ある種の怒りの原点がここにあったがゆえに、私は思い出したくなかったんだな、と感じました。
そうやって気づいた直後。
お布団の中でうつらうつらしていたら、フラワーオブライフの図形がどーーんと出てきたのです!
そして、何かを深く理解した……ような感覚になったんですが、朝になったらすっかり忘れてしまいました
でも、多分ずっと抱えていた怒りに関することだったと思います。
もしかしたら手放したのかもしれませんね。
ちなみに。
ともこさんが携帯メールに送ってくれた絵というのが、↓の右の絵でした。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=911733621&owner_id=5587416