お母ちゃん、銀河水のおかげで「おえおえ。」は激減しましたが、それでも大変であります。
ブログの更新もままなりません。
ということで。
コチラをリンクしときます。
『世界』は実はまったく公平なのです。
前世からの業は、自動的に『時期』を得て発現されるのです。
では、その時、自分はどのように考えて振る舞うのか、が修行であり、霊性進化の道を進むのか後退するのかを瞬間瞬間選択しているのですね。
第三者としての意見を持つ場合でもそうだと思います。
知らず知らずに、私達は人を裁いているという怖さが常にあると思うのです。
そう思うと、「あの人たちの天命が完うされますように。」と、被害者に対しても加害者に対しても祈る気持ちにしかならなくなっていきます。