お客様からのメールに時々、
「私も天使の声が聞こえるようになりたいです。」
とか、
「私も過去世を知りたいです。」
とか書かれていることがあるんですが、
その気持ちはすごーーーーーく分かるんです。
ええ、もちろんめっさ分かるですよ!
………分かるんですけど、なんのためなんでしょうね?それって。
迷ってばかりで辛いから、教えて欲しい天使に指示して欲しい……というものなら、場合によってはそれって「自分の人生を放棄する」になるかもしれないですよね。
「ゆだねる」と「放棄する」は似ていて全然違うんですもん。
なので、「よく分かんないけど、なんだかそれって素敵そうやん?」ってくらいの気持ちで「天使の声が聞こえるようになりたいで~す。」って言う方がいいんじゃないかなー、って思うくらいです。
なので、過去世を知りたいっていうのも、「なんか面白そうやーん?」ってくらいのかるーい感じの方がいいような気がします。
……まぁ、実際に過去世を知るというのは、どっぷり深い感情の波がどかーんとやってくるものなので、そうそうお気楽ではおられんですがね。
へっへっへっ。
で。
「ああ、こんな過去世やったから、今の自分にこういうところがあるんやー。」という「解釈の発見」も漏れなくついてくることになると思うんですが、
知ったからふっきれた、ということもあるだろうし、
知ったからこそ余計に途方にくれることもあるだろうし、
結局は、その時その時の「今の自分」の器のデカさ、人間としての深さによって、その「素材(解釈)」をいかに自分の成長の糧にできるかが決まってくるんやろうなー、と思います。
振り回されるばっかりというのなら、そんなもん知らん方がいいと思いますもん。
(でも、それをほんとうに自分を知るキッカケ・成長の糧にできるというのなら、こんな素晴らしいギフトは無いと思います。)
そもそも、過去世というものも、「同時存在する、同じ魂の別の自分」みたいなものと捉えるなら、
それぞれがそれそれぞれと深いところで影響しあっていると考えてもおかしくないと思うのです。
「今ここにいる私」が、「今ここの世界」に表出している唯一の存在であるというだけとするなら、今ここにいる自分の変化は魂全体に波及していき、どこぞの別の誰かの変化は自分にも影響するというわけですね。
魂は表層意識の私が考えるよりもっともっとバラエティ豊かな表現方法でもって、その存在をどんどん大きく深くしているんでしょう。
なので。
ガッツリと「過去世の物語」に入り込んで、そこから「なにか」をつかみ取ってきたら、
それをどう解釈するか、を、ちょいと引いた視点から見てみる…みたいなスタンスでいます。私は。
(それでも、ばりばり感情は動き続けてるんだけどね。)
でも、きっとそのうち解釈すらも不要になってきて、「ただそれを十全に感じるだけ」になっていくんだろうなー、と思ってますがね。
みなさん同じこと言ってるんですね~。
私も天使の声、聞きたいですよ♪
でもなぜかちっとも「迷い」や「不安」からではなく、
「ただ面白そうだから」でございます。。
だってこっちの世界だって、いろんな人と話すのって面白いですもの。
あっちの世界ならもっと面白い人(?)がいるに違いない!なんて思っちゃいます。
あとまぁ、こっそり言うと。
普通は聞こえない声が聞こえるって、カッコイイじゃないですか~。
ま、その程度の理由だからきっと聞こえないんだろう、っと思ってもいますけどね。
ギリギリ崖っぷちな時は、大抵、別の形でちゃんと助けが入りますから。。(^^;
ミーハーを受け入れてくれるのはいつからでしょうね。
> あとまぁ、こっそり言うと。
> 普通は聞こえない声が聞こえるって、カッコイイじゃないですか~。
ナイスな意見ですね。ふふふ。
> ミーハーを受け入れてくれるのはいつからでしょうね。
ミーハーこそが世界を動かすのですよ!