今日は旦那さんとアキオと弟1号と一緒に、例の先生のところに行ってきた。
すごかった…。
びっくりした…。
霊能の片鱗がある弟は、やっぱりスゴい。
霊能が眠っている私には、そんなスゴい『感覚』は得られなかったけれど、『それが本物である』ということを疑ってはいない。
疑ってはいないのだけれど、弟のように絶対的な感覚として『それが本物である』ということは分からないのだ。
先生の霊能の高さを知っているし、弟には昔から霊能の片鱗が見られるということを知っているから、彼らの言葉は私にとって『疑う余地のない真実』ではあるのだが、残念ながら私は『気がついたら涙が目に溜まっていた』というくらいなのだ。この差はあまりにも、あまりにも大きい。
しかし、やはり真実なのだ。
『魂が震える』というのは、比喩ではない。本当に震えるのだ。魂が!
そして、彼らが『魂が震える体験』をしている姿を見ることで、私にも彼方にある真実に触れられるような気がするのだ。
私達はあるものを見た。
しかし、それが何であるのかは、書き切れない。
神を信じていない人に対しては、語る言葉が失われるのだ。
祈りある人は、幸いである。
本当に、本当にそうなのだ。