ココを読んで、『クォンタム・タッチ』をアマゾンで買おうと思ったのですが、それも引越し後落ち着いてから…ということで、ここは我慢我慢。
ということで、家にある本を読み直すことに。
『赤ちゃんからのシュタイナー教育』です。
これ、いい本ですよ。
…って、私がシュタイナー教育に興味アリアリだから、そう思うのかもしれませんが。
というか、オカルト体質だから惹かれるのも当然だわな。必然。
んでも、この本はシュタイナーのオカルト色は薄いです。でも、母親なら感覚的に分かることが多いと思います。
母親は、我が子が『大人になってしまった自分とは違う世界で生きている』こと、つまり『スピリチュアルな存在として生きている』ことを肌で感じ取っているからです。それを意識しているか意識していないかは、その母親の感性の違いだと思いますが、それでも絶対感じているはずです。母親とはそんなもんだ。
というわけで、子育て中のお母さんにはお薦めの1冊であります。
そいえば、友人の息子(ユウスケくん)は、今春から幼稚園に通うんですが、その幼稚園がシュタイナー教育を取り入れているんだそうです。
うらやましーー。
…いや、うらやましいというのは、『私もシュタイナー教育の幼稚園に通いたかった』という羨ましさなのよねん。
ああああああ、ほんと通ってみたかったよ。
もちろん、アキオにもシュタイナー教育の幼稚園に通わせたいんだけどね。
なんてーーのかなーー、幼稚園の頃の自分を少し覚えてるんだけど、確かに『どこか未分離』な感覚があったんですよ。
何と未分離なのかってーのは、いわずもがな。
なので、大人の今より、深いところで生きてた気がするんです。
当然、そーゆー『感覚』をこうして『言葉』にできたのは、大人になってからですけど、確かに深いところで、夢見るような感じで生きてたんです。毎日。
だから、シュタイナーの言うことは納得できることが多いんですよ。
と、いうわけで、さすが友人、と唸ったのであります。
彼女とは、性格も全然違うんだけど、なーんかポイントポイントで同じようなコトを考えてるってーのが面白いんですわ。
ユウスケくん、君がうらやましいぞ。おばちゃんは。
あ、さて。
今日はパッキングをちょっと頑張りました。
んでも、まだまだなのだーーー。うおーーーー。
でもって、夜。
遠いところに住んでいる友人から電話がかかってきました。
今日、お父さんのお葬式だったそうです。
○○のお父さん、光のある方に迷わず行ってね。眩しくてちょっと怖いかもしれないけど、躊躇しないでね。
この友人はまだ年賀状のやりとりをしてるから少なくとも年に1度は様子が分かるけれど、高校時代のある友人とは連絡が取れなくなっちゃいました。多分、彼女はちゃんと東京で生きてると思うけど。
全然連絡をしないくせに、時々ふと存在を思い出す友人というのが、彼らなのです。
リアルではないけれど、魂が共鳴するような、そんな感じの思い出し方をしてしまう友人なんだな。