以前から我が家では、「紀子さまのお腹の子、絶対男の子だよねー。」と、盛り上がっておりました。
ですから、今日はとても楽しみにしてました。
親王殿下の御誕生を心よりお祝い申し上げます。
良かったですねぇ~。
愛子さまの時も国民の一人として嬉しかったけれど、やっぱり親王殿下ですからね。
格別に嬉しいです。
もちろん、男女は平等ですよ。
そんなの当然です。
男の子でも女の子でも、赤ちゃんが生まれるということは、誰の子であったって喜ばしいものです。
そこに区別なんてありません。
ただ、それとこれとはちょっと次元が違う話しなのであります。
親王殿下がお生まれになって嬉しいというのは、これは大和民族の血のせいなのであります。
条件反射みたいなもんです。
なので仕方がありません。いらんことを頭で考えずに素直に自分の血に従えばよいのです。
(こんなことを書くと、「あんたは右かね?」と聞かれそうだけど、私はよく共産党に入れてます。)
と、こんなとってもおめでたい日なので、ロト6を購入してきました。
めっちゃキャリーオーバー中だし~。
少年老い易く学成り難し
少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んずべからず
未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢
階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声
小4の時に担任の先生から何度も朗誦させられて覚えさせられたものです。クラス全員が。
『少年老い易く学成り難し/一寸の光陰軽んずべからず』
は小4でも意味が分かったのですが、
『未だ覚めず池塘春草の夢/階前の梧葉已に秋声』
って、意味が分かりませんでした。
てか、今でも意味は分かりません。調べたことないんで。
それでも、今でもスラスラ出てくるんですよね。
小学生向け斎藤メソッドのことを知った時、自分の経験を思い出しました。
意味もよく分からんけど、何度も朗誦するという実体験があったので、『母国語の向上のためには、名文といわれる迫力のある文章を暗誦・朗誦することが欠かせません。』という斎藤先生の言葉には「なるほど。」と素直に思いました。
ところで。
うちの旦那さんは典型的な理数系の頭を持っていて、私とは正反対です。
私は地学科出身ではありますが、数学物理が苦手なのです。
てか、物理は好きなんですが、なかなか手に負えなくて時間がかかってしまいます。
数学にいたっては、高校の数Ⅰまではなんとか「えっちらおっちら。」とついていけたのですが、基礎解析からお手上げになってしまいました。
大人になってからよーく分かったのですが、そもそも空間認識能力に大きな欠如がみられるのです。私ってば。
致命的です。
数学脳を育てようとしても、そもそもの部品が足らないので育たないわけです。
そんな私ですが、暗記科目は結構得意でした。
それは、数学が苦手だから暗記科目しか勝負できない、という意味ではなくて、自分の中にいろんな知識が入っていくことが単純に嬉しかったからなのです。
「そんなことを覚えて、何か役に立つの?」なんて思ったことありませんでした。
クエン酸回路を覚えたからって、実生活で何か役に立つわけないのは分かってるんですが、自分の引き出しが増えるような感覚がして、本当に単純に嬉しかったのです。
そして、ある瞬間に、それまで断片的に溜めていた知識が『大きな流れ』としてだーっと繋がることがあるんですね。
それって、まるで閃くように突然『見えて』くるんです。
そーゆー時って、授業中でも小躍りしたくなるんですよね。
ああっ。そうだったのか!って。
だから、わりと学校の授業というのは好きだったのです。
あ、でも、語学は得意ではないんですよね。
これも暗記科目なんだけど、なんだかダメなのです。
どうして語学はイマイチ好きになれないのか、そのへんは自分でもよく分からんのですが。
そんなわけで、すっかり忘れてしまったものばかりですが、一度は自分の中に入った知識です。
テレビを見てたり本を読んだり人と話しをしたり、何かの拍子に「あ、そういえば…。」と、ぼんやり思い出すことも多いのです。
そして、そこからいろんなことを考えたりできるようになっちゃうのですから、学生時代の勉強というのは、やはり無駄がないよなぁ~、と思います。
その点、旦那さんは暗記が得意じゃなかったからってんで、いろんな話しをしていても、「あれ?そんなことも知らないの?」とこっちがビックリすることがあったりします。
歴史のこととか、地理のこととか。
せっかく立派な数学脳を持っているんだから、ちゃんと暗記科目もしっかり勉強すれば良かったのに、勿体ないなぁ~、なんて私からすると感じたりしてしまいます。
さて。
ほぼ日の『おとなの小論文教室』を久々に覗いてみたら、こんなのがありました。
やっぱり、子どもの頃に学校でせっせと暗記するのって大切なんですな。
少しずつ少しずつ、ほんとうに少しずつ。
以前にも書いたけれど、私は『天然生活』からはほど遠い生活をしています。
衣食住が、自然に近いものであればあるほど、それはおそらく身体にも精神にも魂にも良いにちがいない、というのは分かっているのですが、なかなか『生活習慣』を変えるというのは難しいものです。
金曜日に定期検診のために吉村さんのところに行ったのですが、長い待ち時間の間、以前ここでも紹介した『なずな農園』の赤峰さんの別の本『アトピーは自然からのメッセージ』を読みました。
農薬はもちろん、化学肥料もダメ。
食品添加物もダメ。
それらが身体に入って分解できなくなり、臨界点を越えた時にアトピーや喘息、リウマチなどのアレルギー疾患になる、という持論(もちろんもっともっと奥深いものですよ。)で、多くの人たちに赤峰さんは食事指導をしてきたのだそうです。
途中で脱落しなければ、100%治っている、と断言されていました。
しかし、読み進めていくにつれ、今までの食生活を全面的に変更しなければならないというのは、本当に大変なことだろうなぁ……、と強く思いました。
自分自身または子どもがヒドいアトピーで、病院に行っても良くならず、苦しみ続けている人にとってさえ、食生活の習慣を根本的に変えるというのは、非常に難儀なことだろうなぁ、と感じたのです。
だって、『身体に良くない食生活』が大好きになっているわけですからね。
アトピーが苦しくても、脱落してしまう人がいるのも分かる気がします。
甘いものや、柔らかくてお肉たっぷり添加物たっぷりなおかずに白いご飯が大好きな人に、いきなり無農薬無科学肥料の野菜による添加物一切禁止の玄米菜食をしろと言ったって、なかなか続けられるものではないと思います。
それに、やっぱり添加物に慣れた舌ってのは厄介です。
市販のお菓子を食べさせると、ごはんよりそれらばっかり欲しがる子どもと同じです。
それでも、です。
やっぱりダメなものはダメなんですよね。
できることから少しずつでも変えていかないと。
自分の生活や人生、想念が間違っているから何かしらの不具合が出るんですもんね。
たとえ身体は健康であっても、何かしら不具合は出てるはずなんです。
小さなところでは、「…ねばならない。…ねばならない。」という思い込みに囚われて常にイライラしてたり。
大きなところでは、地球の環境問題とかね。
そう言いつつも。
私自身も間違った生活や食習慣、ひっくるめて『間違った癖』をなかなか修正できずにズルズル日々を過ごしているわけなんですが、どうもここにきてちょっとずつちょっとずつ癖直しの行動ができるようになってきました。
元来の面倒くさがり屋で、観念だけは頭にあっても行動できないことが多い私が、です。
これってね、絶対に私自身の力じゃないんですよ……。
多分、お腹の中のおチビがそうさせているんです。
じゃなかったら、この私が暑い中、田畑で草刈りなんぞしませんって。
虫が大嫌いなのに、土の上でいちいち太陽に向かってぐい~っと伸びをするように進んでいく見たこともない細い線のような虫たちを見て、「あんたたち、なんで五体倒置しながら進んでるの?太陽に感謝しながらどこに行こうとしてるの?」とじーっと眺めたりしませんって。
それまで食べようともしなかった玄米ご飯を毎日食べるなんてことしませんって。
料理が得意じゃないからってんで、市販の調味料に頼りきっていたのに、どうやったら市販の添加物いっぱいの調味料を減らせるかな~、なんて面倒なこと考えたりしませんって。
添加物のアミノ酸のうま味に慣れちゃってる私の舌には試行錯誤の毎日なのにね。
掃除も、クエン酸を溶かした水や精油(ハッカ油)を数滴入れた水を使っての拭き掃除や重曹をクレンザー代わりに使って水回りの掃除をするようになりました。
もちろん、まだまだ市販の洗剤も使っているけれど、クイックルワイパーで楽々拭き掃除をしていた私からするとですよ、ものすごい変化なのですよ。
あーー、もうね。
絶対にお腹のおチビは私なんぞよりぐ~んと高級な魂の高級霊ですわ。
アキオも私より高い霊だと思うけど、おチビはさらに高級かもしれませぬ。
生まれる前からお母ちゃんはおチビに「間違ってるよ。そこから離れなさい。こっちに行きなさい。」と教えられっぱなし。てへへ。
けれどそのおかげで、私にとっては修正するのが無理だったことがらを少しずつクリアできるわけですから、スゴいもんです。
なにより「やらなくちゃ。」という力みがありませんもん。
どっちかっていうと、ほんのり喜びさえ感じられますから。
ああ、実にありがたいことであります。
いろんな存在に感謝せずにはいられませんな。
でも、もちろんまだまだ業はたっぷりあるでよ。
ドロドロしとるでね。
はよキレイに掃除したいもんやわ。
冥王星は惑星ではなくなってしまった。
もちろん、地学科卒というのも大きいのですが、それ以上に占星術的に興味がありました。
今回の冥王星のこと。
冥王星は惑星から格下げとなりました。
地学科卒としては、まぁ仕方がないねぇ~、といった感想になりますが、占星術好きの立場からすると、ちょっと!ちょっとちょっと!って感じでありました。
冥王星ですよ。
破壊と再生、始めと終わり、絶対権力、強制的変化…を意味する惑星です。
さすが『冥王』の星です。
それが惑星から格下げとなるっていうのは、実はものすごいインパクトじゃないの?って簡単に想像できますよね。
てことで。
さすがにマドモアゼル愛先生はブログにこんなことを書かれてました。
冥王星インパクト
さよなら冥王星の良い面
気になることは多々ありますが、仕方がありませぬ。これが時代変化の兆しなんですね。
しかし、その兆しを感じられるかどうかって、大きい気がするなぁ………。
そうそう。
以前見つけた面白かった記事もリンクしておきましょう。
コチラ。
息子、3歳になりました。
おかげさまで、先週の土曜日にアキオは3歳になりました。
早いもんですわ。
もう3歳か~、って感じです。
でもって、来年の始め頃には『お兄ちゃん』になるんですもんねぇ。
んーー。不思議な感じです。
3歳の誕生日プレゼントは何も思いつかずにナシだったのですが、前もってオカンから三輪車をもらっておりました。
まだ上手には乗れないけれど、家の中で時々遊んでおります。
お義母さんは誕生日ちらし寿司を作ってくれました。
これがビッグサイズでねーー。
桶に手をつっこんでがしがし食べてました。息子くん。(お行儀悪いわね…。)
さて。
ものすごーくのんびりした妊婦ライフ中のため、自分のお腹の子が現在何週目なのか、とかをちゃんと把握しておりません。
困ったお母ちゃんです。
それで、ある日の夜、お父ちゃんが言いました。
「ちゃんと5カ月の最初の戌の日を調べておいたら?」
おお。そうか。
でも面倒だなー、まだもちょっと先じゃないかー?と思いつつ、調べてみたところ……。
明日やん。
ビックリしました。
そんなわけで、デイサービスに息子を預けた後、さらしを購入し、砥鹿神社に行って安産祈願をしてもらってきました。
午後からは息子も連れて、別の安産で(地元では)有名な神社にも行ってきました。
そこは階段が長かったのですが、お父ちゃんとお母ちゃんに手をひかれつつも、息子は階段を登りきりました。
母、ちょっと感動。
さてさて。
今年はなかなか夏野菜が思うように育ってくれなかったのですが、それでもクッキングトマトをそれなりに満喫できた夏でありました。
もうこれで最後のトマト煮込みであります。
うちの最近の朝食は、お父ちゃんが挽いてくれた小麦(フスマまで入っている)で作ったハードパンと野菜スープが定番なのですが、その野菜スープにこのトマト煮込みを少し入れるとすごーく美味しくなるのであります。
大変重宝しております。
…でも、これでおしまいなのね。寂しいわ。
と、全然関係ない写真をば。
例の先生んとこの近くでみつけた喫茶店のホットケーキです。
こじんまりしたレトロな喫茶店で、ホットケーキとコーヒー・紅茶がメインのようです。
とても美味しかったです。
ただ、お子様はお断りなので、息子を実家に預けた時だけ行けるお店なのであります。
ああ、ほんとに美味しかった~~。
★興味ある人は、『豊橋』『ホットケーキ』『三愛』でサーチしてねん。
更新が滞ってる時ほど本当はいろいろあるのですよ。
暑い中、畑の草刈りを手伝うと、2時間もやっていないのに体重が2kg近く落ちます。
もちろん、水分は摂ってます。
なんかね、ほんとに自分の中の良からぬモノが汗と一緒に出ていく感じ。
でも、今日は朝から調子が悪くて、横になって本を読んでました。
てか。
先週末に届いた『ハトホルの書』をちびちび読んでるんですが、集合意識ハトホルさんたちの素晴らしい愛の波動が本からでもバシバシ伝わってきて、先に進みたいものですから、本の中で推奨されているトレーニング(プラーナ【気みたいなもん】を身体に取り込むとか。それぞれやり方はとても簡単。)を後回しにしているんですけれど、それでも自分の中のどこかしらエネルギー体が感応してるんかしら?って感じで、良い意味で『エネルギー当たり』状態な感じがしております。
まぁ、私としましては、『一家に一冊ハトホルの書』だと強く感じておるわけですが、これも縁のものですからね。
野良仕事
まだ食後に気持ち悪さを感じるのですが、悪阻も終盤と思われます。
悪阻はまぁなんとか乗り越えた感が出てきましたが、それよりも妊娠により血圧が低くなってしまい、酷暑だってーのにこの血圧じゃあやっとれんというのが現在の偽らざる本音であります。
が、身体を動かさないと吉村先生に叱られてしまうのです。ヤバいです。
というわけで、週末に実家に帰った時も朝の散歩をしてみたのですが、ちょっとばかりの散歩で大変な思いをすることとなりました。
…かゆくてかゆくてたまらん。
血の巡りが悪くなっている時に頑張って『ちゃんと』歩くと、だいたい足がかゆくなってしまうのです。
急激に血の巡りが良くなって、我慢ならんくらいかゆくなってしまうのです。
これは若い頃から時々起こってまして、非常に困るのであります。
ちなみに、うちのオカンは体調が悪い時に高麗人参エキスを数日間飲み続けると、身体がかゆくなります。
これも悪かった血の巡りが急に良くなってしまうことにより発生するらしいのです。
困った親子であります。
そんなわけで、ただでさえ身体を動かすことが好きではない私が、血圧が常に低い現在、ウォーキングなんて続けられるとは思えません。
弟1号が経験上、「かゆみに耐えていれば、かゆみが消えるよ。」と教えてくれましたが、そんな根性を姉は持ち合わせておりません。
てか、目的も無く…というか、歩くことが目的というのは根性ナシの私には続けられません。
なので、息子をデイサービスに預けている間、お父ちゃんの田畑の手伝いをすることにしました。
これなら目の前の目標がしっかりあるし、肉体労働だし、お父ちゃんの役にも立つし、吉村先生にも「野良仕事手伝ってます。」って言えるもんね。
デイサービスに預ける前に家事を済ませて、それから野良仕事ですからね。
朝からお母ちゃんはくるくるよく動くことになるのですよ。これがほんとに。
てことで。
今日は茄子の周りの草刈りをしました。
私はサウナが苦手なのですが、「サウナよりも絶対に汗かくぞ。」と確信するほどだーだーに汗をかきました。
汗をかくのは分かっていたので、家で塩をなめて水分を十分摂ってから仕事を始めたのですが、予想以上の汗の量で、「麦茶だけじゃなく、塩も持って来れば良かった…。」と思いました。
ほんとキツくて、時々手を休めざるをえませんでした。
それでも、かわいい丸茄子を見ながら草を刈っていると、ちょっと楽しいのです。
「あんたたち、ほんとに美味しいよねー。今、草を刈ってあげるからねー。お日様をうんと浴びて、もっと美味しくなってねー。」と、ついハァハァ息を切らしながらも茄子に話しかけてしまうのです。
虫がめっちゃ苦手だし、偏頭痛になりやすいから太陽光線も苦手なので、お父ちゃんのお手伝いはほとんどしなかったのですが、以前ほどイヤではなくなってきてました。畑仕事が。
もちろんまだまだダメダメなのですが、この1年でお父ちゃんのお野菜やお米がとても美味しいということがよーく分かったので、「美味しいお米のためー。美味しいお野菜のためー。」と多少は働けるようになったような気がします。
人間、こうやって変わっていくもんなんですねぇ。
そうそう。
偏頭痛と言えば。
アキオの時もそうだったんですが、妊娠中は何故か偏頭痛は起こりにくくなります。
非常にありがたいです。
だから畑仕事も手伝えるのですが、それでも一昨日の日曜日にはヒドい頭痛にダウンしてしまいました。
…けどね。
どうもいつもの偏頭痛とは少し違うんです。
偏頭痛がヒドくなると、ずきんずきんと頭が割れそうなくらいに痛くなり、吐き気もヒドくなり、とてもじゃないけど耐えられない症状になり、鎮痛剤を飲んで頭を冷やして横になっているしかありません。
しかし、日曜日の頭痛はずきんずきんという痛みもあるんですが、なんだか頭が全体に重くて芯からの鈍痛って感じでした。
(妊娠中で薬は飲めないため)頭を冷やして横になってるしかないのは同じだったんですが、なにやら様子が違ってました。
で、ですよ。
いつも身体の具合が悪い時はお祈りを自然としてしまうのですが、この時はちっともお祈りをするという発想が出てこなくて、夕方頃になってハタと気づき、お祈りをしたのです。
そしたら、朝の散歩から帰ってきてから始まった頭痛が徐々にひいていくではありませんか。
…これって、お盆スペシャル??
ねぇねぇ、お盆スペシャル???
私、朝の散歩中に何か拾った????
いやはや、お盆やお彼岸は気をつけろ、と昔からオカンに言われているのになぁ…。
実は夕べもちょっとお盆スペシャルだったのですが、こっちは『教えてくれてありがとう。』系でありました。
アキオ、頑張る?
デイサービスの連絡ノートには時系列に結構細かくアキオが何をしていたか、が書かれています。
それを読むと、ここ2~3日で少し慣れたかな?と感じさせられます。
到着後はめそめそ泣いてるようですが、その後は泥んこになって水遊びをしたり、男性スタッフになついて遊んでもらったり、ダウン症のTちゃんに遊んでもらったり……と、そこそこ楽しそうです。
と、アキオがデイサービスで頑張って(?)いる間、今日はお父ちゃんのお手伝いをしました。
小一時間だけど、自然農の田んぼの草刈りをしました。
吉村先生に「動けー。動けー。」と言われるので、家の中の仕事をマメにやってはいるけれど、忙しそうなお父ちゃんの仕事もちょっと手伝うか~、と珍しく思ったのであります。
しかし外での仕事は太陽燦々の元でのことなので、草刈りだけでもかーなーり疲れますね。
小一時間なのに汗だくになりました。
初玄米ご飯・初ズッキーニ
うちは基本的に家庭用精米器で5分づきにしたお米に、赤米と黒米を混ぜて炊いております。
なので、家以外で時々食べる白米については「ちょっと物足りない。」と思うことが多いです。
しかし、今まで玄米ご飯は炊いたことがありませんでした。
去年の春に引っ越してきた時、玄米も簡単に炊けちゃうよ~、というちょっと高価な電気炊飯ジャーを買ったので、玄米も食べてみればよいものを、なんとなく玄米は固くてイマイチなんじゃないか、という先入観がありまして、今まで炊いたことはありませんでした。
ま、それにね。
まだよくカミカミして食べるなんてことをしない息子に玄米は早いなぁ、という気持ちもありました。
それが、です。
先日、なぜか急に思い立って玄米を炊いてみたのです。
これと言った理由なんてありません。ただ炊いて食べてみたくなったのです。
ゴマ塩も炒って用意しました。
出来上がりがコレです。
玄米おむすびです。
具はアサリの佃煮と昆布の佃煮です。
一緒に写ってるのはラッキョウです。
これがですねーー、想像以上に美味いのです。
確かにお米は5分づきに比べてハードです。
よく噛まないといけません。
てか、よく噛まざるをえないって感じです。
なのに、美味しいのです。お米の本当の味ってこんなんなんだ~、と思いました。
息子も喜んで食べていました。
…ただ、もちょっとよく噛んで欲しいなぁ。
てことで、今日のお昼も玄米おむすびの予定なんですが、息子にはお粥っぽくしてあげようと思ってます。
朝は自家製フスマ入りの全粒粉パンだし、これで定期的に玄米ご飯も食べるようになると、さらにウンチの量が増えちゃいますな。うははは~。
ところで。
昨日は久々に鶏肉をガッツリ食べました。
お父ちゃんのお野菜がたくさんあって、野菜ばかり食べていたら、お肉(特に牛肉)をたまに食べるとオナラがめちゃめちゃ臭くなるという身体になってしまいまして、別に菜食主義ではないんですが、お肉をほとんど食べない生活になってしまいました。(もちろん、卵や魚は食べるよ。)
けれども、昨日はお父ちゃんが畑からズッキーニを採ってきてくれたのです。
茄子とトマトとズッキーニ……。
ああ、鶏肉をオーブンで焼いて、白ワインと酢と醤油と塩とちょっとのバターで煮た野菜をかけて食べたい~~~、と思ってしまったのです。
今年は天候のせいでズッキーニが採れていなかったのです。
お母ちゃんはズッキーニが大好物なのに、です。
そうなんです。昨日のが今年初ズッキーニだったのです。
なので、お父ちゃんに鶏肉と安い白ワインを買ってきてもらっちゃいました。
大喜びで作りました。
そしたら、ちょっと作り過ぎでした…。
食べ始めてから気がつきました。
お父ちゃんのお皿に私の分のお肉をせっせと入れてあげました。
肉体労働をしているお父ちゃんなので、ちょっとばかり食べ過ぎでもOKでしょう。
でも妊婦はアカンでね。食べ過ぎは。
『求めよ。さらば与えられん。』
先日、デイサービスの見学に行った時に自閉症の小学生が来ていた、と書きました。
彼はデイサービスを利用している子の中でも症状が一番重い子だそうです。
じっとしていられない様子でうろうろしていました。
持っていたオモチャをアキオに少し触られただけでも軽いパニックを起こしていました。
発話もどれだけ可能なのか私には判りませんでした。
先生から聞いた話しでは、疲れてきても自分で行動を止めることができずに、それでパニックを起こすこともあるんだそうです。
彼のお母さんは大変だろうなぁ、と思いました。
自閉症にもいろいろあるし、その重さにもいろいろあります。
なので、『お母さん』たちの苦労もそれぞれではあると思いますが、ダウン症児を持つ親としては、やはり「うちよりずーーーっと大変だろうな…。」という気持ちになってしまいます。
そして、彼との出会いの後、ふと思いました。
うちはアキオを連れて買い物にも行けるし、友達んちにも行けるけど、ああいう子のお母さんは自分の行動もものすごく制限されてしまうんじゃないだろうか……。
ダウン症の子は見た目で「あ、ちょっと普通の子と違うかな。」と分かります。
でも、自閉症の子は見た目では分かりません。
ですから、「親の躾けがなってない。」と思われてしまうことが非常に多いそうなのです。
子どもとの関わりだけでも疲れることが多いだろうに、周囲の無理解や批判という重荷も大きいのですから、お母さんたちはどれだけ疲弊していまうことだろう、と思いました。
そう思っていたところに、昨日の夜、NHKで自閉症児のお母さんたちが出演する番組が放送されました。
やはりお母さんたちは非常にしんどい思いをしていることがよく分かりました。
が。
ちょっと待てよ、と思いました。
お母さんたちの『周囲の無理解や偏見に対する怒り』を見せられているうちにハタと思ったのです。
確かに無理解や偏見はしんどいだろう。それは本当に不憫だと思う。
でも、おそらく彼女たちは前世で無理解や偏見で誰かを苦しめた側の人間だったんだろうな。
だから今はその苦しみを味わう立場になっているんだろうから、『そこ』を越えないとずっと変わらないんじゃないか?
例えば、自分の病気のせいで自分の人生が思うようにいかないと嘆いたり、自分に欠けているものを持っている誰かを羨んで批判したり……という『逃げ』を続けることはもちろん間違ってはいるけれど、自分自身のことだからできるんですよね。
でも、子どものことって、母親は逃げ続けてはいられないです。
母親が逃げることができる唯一の方法は、「この子を殺して、私も死ぬ。」だけです。
だから、本当に苦しいと思います。
けれど、『そこ』を越えて光が射しこんでくる場所に行かないと、今回の人生で苦しんで学んでいることが無駄になっちゃうよ~、と思うのです。
苦しみにはしっかり苦しむだけの意味はあるんですもんね。
そう思った途端、彼女たちの天命が完うされますように、と祈らずにはいられませんでした。
****
さてさて。
昨日はまた違うこともありました。
実は先日、ミヤノさんのお姉さんから、知り合いの人に旦那さんのことを紹介してもいいか?と聞かれまして、軽くOKしました。
本田健さんのセミナーで知り合った人が、ライフワークを楽しんで生きている人をニュースレターで紹介しているんだそうです。
その人にうちの旦那さんを紹介してもいいか、ということでした。
で、その人から早速メールをいただいたのですが、その人のサイトを見てお父ちゃんは渋い顔をしました。
「なんかね、ちょっと違うと思う…。」
何がちょっと違うのか、は、私もサイトをざっと見てみて分かりました。
うん。なんかね、ちょっと違うね。確かにね。
もちろんね、全然悪くないんですよ。間違ってないし、なによりエネルギッシュだと感じるし。
でもね、ちょっと違うんです。
数年前、本田健さんの本を1冊読みました。
「おおおー。そうかー。好きなことを仕事にして生きていっても良いんだ~~。」と、素直に感激しました。
好きなことを仕事にできている人なんてほんの少しだけだ、仕事ってものは我慢して続けるものだ、みたいな一般論に縛れていたからこそ、当時の私は好きでもない仕事を続けていられたのですが、『好きなことを仕事にして生きていいんだよ』と言われ、なんだか許されたような気持ちになったのです。
嬉しかったです。
でも、本田さんの本はそれ以上読む気にはなれませんでした。
それだけで十分だったからです。
というか、それ以上はそこに無かったからです。
その後、本田さんとつながりのあるレイキで有名な望月さんのサイトも見たのですが、やっぱり同じように感じました。
自分でやりたいことを引き寄せて、豊かなワクワクした人生を送ろう。
うん。
それはとっても正しいと思います。
そのためのメソッドも正しいと思います。
でも、そこに留まっていてはアカンような気がするんです。
『次』があると、感じるんです。
ていうか、そこを越えたところで生きている人たちを知ってしまったから、「あ、ちょっと違うな。」と感じてしまうのでしょう。
私ももちろんですが、みんなみんないつまでもいつまでも『次』があるってことですね。
本田さんの本を読んで、私は『次』を垣間見ることができ、そして『私の世界』はちょっと広がりました。
それと同じように、どんどん『次』を求めて、私達は自分の世界を広げていくことができるんです。
そうしていると、きっと知らない間に導かれ、広い世界の中で私達の天命が完うされていくのだと思うのです。
聖書にもありますよね。
『求めよ。さらば与えられん。』