変わりたいのに変わりたくなかった私

昨日はこんなことをツイートしましたけど、今日はスピスピな感じになります。
だって、スピスピなことが「舞台の設定」みたいなことになってるので仕方がありません。
日常的な範囲で済んでりゃ書きやすいんですがね。

「スピ」なんて括りの意味すら私は本当は分からなくて、生きてるってことそのものがスピリチュアルじゃんね?と思ってるので。霊的真実を忘れて泥まみれになって、時期が来たら霊的真実を思い出していく…というのをみんなしてて、ちょっと先にタイミングが来た人が後から来る人に求められたら「こんな感じやで?」とその時に話せることを話してる…ってだけのことだと思うのですよ。


で。
何かと言いますと。
ひとつ前の記事で「自分に呪いをかけてたのに気づいてマイティピュリフィアで解除したら、扉が開いて、その向こうには七色の光が密集していた」と書きましたが、その続きです。
メモとしてツイートしたものを貼ります。

日曜日の夜からの腹痛が、一旦収まりかけて、月曜日の夕方から胃腸がまた痙攣してきて、月曜日は結局お粥一杯とにんじんジュースしか食べられなかったんですよ。
でもって、まだお腹の違和感はあるし、火曜日は昼過ぎから頭痛にもなったし。
トホホでした。
で、トホホになりつつマイティピュリフィアをかけてたら、自分でかけてた呪いの南京錠を外して開いた扉が見えたので、七色の綺麗な光の空間に入ってみたんです。ずんずんと。
そしたら、呪いをかけたのは自分だとしても、何でそんなことをするハメになったんだ?とふと疑問が湧きまして。
すると、自分の能力を発揮すると大変なこと(とても嫌なこと)になる、という思い込みがわぁぁ!と湧き上がってきたんです。
それか!と、マイティピュリフィアで癒やした…のはいいんですが、その思い込みはどこから生まれたの?と思った途端、ぱーんと観えたのが性別が無いというか両性具有な人で、
誰だ?と思い、久々に某所に行ってアカシックにアクセスしてみたらアトランティス崩壊前の、堕落・混乱が酷くなってきた頃の人で云々と出てきて、うえー…、となりました。
アトランティスなんて面倒くさそうでしょ?あまり触りたくないでしょ?
うえー…。
思い込みそのものは、マイティピュリフィアで癒やしたら、七色の光の中で更にどあー!と強烈な光を放ってたので、それはそれでいいとは思うんですが、まだ先があるなぁ〜…と、感じました。
絡まった糸を解くようなものですねぇ。


それで、です。
ここからさらにスピスピなんですけど。
これを書いた日の夜に、湯船の中でぼーっとしてたらですね、はたと気づいたんです。
「能力を発揮するとヤバいことになる、という思い込みを発生させる人生をそもそもデザインしたのは、タミエルのアレだよな。」
って。
タミエルとは、天使…ってそもそも何だよ?なんですが、どうも何か天使にもいろいろあるみいたいで、天使そのものなのか天使族みたいな何かがいたのか、はたまた仮想実験なのかもしれませんが、
とにかく、天使たちがやんやしてた頃に、大事な弟みたいに愛していた「特別な子」を戦いの中で失い、自分も隙をつかれて闇に浸食され飲まれかけた……ところで、ミカエルにお腹をグサリと刺された……っていう、過去世のヒトといいますかハイヤーセルフの1人といいますか、はたまた仮想実験の要素の1つといいますか……なんですが。
そのタミエルは、何故「隙をつかれた」のかといいますと、
そもそもタミエルが『ミカエルから光を直接分けられて天使が生まれる』という場面を見て、嫉妬のような感情と共に、自分は直接光を分けられた天使ではない(←これを私は「タミエルはミカエルの孫の孫の孫みたいなもの」と認識しております)ので、自分は生まれながらにして欠けている、という想いを持ってしまった…という、小さな小さなモヤモヤ(←私にはこれが虚数みたいに感じるんですわ)がありまして、それが闇の侵入ポイントになってしまったのでした。
このタミエルの根源的な欠落感については、事あるごとにぶち当たるので、もう何年も前から向き合ってはきましたし、少しずつ気づきの蓄積はなされていたのです…が、ずーっとそこにあるままでした。
しかし、今の私にはマイティピュリフィアがあります。
おそらく癒すことができるのだろう、と思いました。
……思った途端、怖くなりました。
この欠落感がタミエルの親友のテオや大事なスピカとの出会いを生み出したのが分かっていたからです。
彼らは今は私のガイドにもなっていてくれます。
きっと、欠落感を癒しても彼らが消滅するわけではないことは頭では分かっています。
それでも、とても怖くなったのです。
この欠落感が結果的に生み出した数多の出会いや別れ喜びや悲しみの物語を、私は深く愛しているから、それらが消えてしまうのが怖かったのです。
だから、今までも「本質的な自分に回帰するかのように変わりたい」(←もっと分かりやすく言えば「めっちゃ健康になりたい」とかですね。)と頭では強く願っていても、(そのプロセスが簡単なものではないというのとは別の意味で)少しずつ変わり続けいても、「そのエリアからはなかなか出られない」みたいな状態のままだったのだと気づきました。
湯船の中で「どうしよう…。」となっていたのですが、多分…テオだと思うんですが、「大丈夫だから。」とポンと言ってくれまして、
それで腹を括ってマイティピュリフィアで癒すことにしたのでした。
時間は少しかかりましたが、突然ふっとお腹が軽くなり、ぽろっと何かが外れたような…そんな感覚になりました。
身体中の力が一瞬ふっと抜けるような、虚脱感にも似た感じになり、
「癒されたのかなぁー…。」と、ぼんやり思いました。
すると翌朝。
子供たちが学校に行く前の慌ただしい時間、家事をしながらも気づくとある歌がずーっと頭の中を流れていました。
自分でも気づいて「あれ?さっきからなんでこの歌がずーっと頭の中を流れてるんだ?」と不思議な気持ちになりました。
この歌なんですが、家事の合間にスマホから流してみました。
すると、サビのところの
『数え切れない景色を 僕ら描いてきたんだ 消えない それは 今も…』
というところで、
「あー……、テオが伝えたかったのか…。」と分かり、涙が出そうになりました。
1人きりだったら泣いてましたね。
涙だばだば流してましたね。
大きなものが1つ癒されて、一瞬にして身体が超絶健康になる……というわけではなく、お腹はあれからもまだ調子がイマイチなのですが、内面は……やはり違いますね。
周囲から見たら私は何も変わっていないように見えると思うのですが、自分の内面はそれまでよりかなり風通しが良くなりました。
変わる、というのは、こういうことなんだなー、としみじみしております。
変わりたいのに変われないのには、ちゃんと理由があるんだな、と。
あ、そいえばですね。
今朝、月子さんからLINEがぴょこんと来まして、
「今日はじーさんの日ですね。」と書いてありました。
今日は聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエルの日らしいです。
全然知りませんでした~。
なので、持っているけどほとんど使っていないミカエルのオラクルカードを引いてみました。
ミカエル
神聖で完全な健康に焦点を合わせるですって。

私の中のねじれ構造が…


ふと、石井ゆかりさんの週報を見てみたらですね、
山羊座5月16日~22日までのなので先週の週報ってことになりますが、こんなふうに書かれていました。

今週、山羊座の世界では、ある課題に関して、
とうとう「そのとき」がやってくるのではないかと思います。
とても克服出来ないと思った欠点やコンプレックス、
絶対に消えないと思っていた傷や後悔の種などが
今週、天から降りてくるような「そのとき」を迎えて、
見違えるような変化を遂げるようです。


昨日の日記を書いた後だったので、「あらま!」と驚きました。
で、ですね。
そのちょっと前にですね、このツイートが目に入ったんです。


それをリツイートして、以下のツイートをしました。


後から思ったんですけどね、
私が自分のことを好きだと肯定的に思えているのは、周囲が私をちゃんと愛してくれてたからなんでしょうね。
けれども、私自身は自分のことをちゃんと愛していなかったようです。
おかしなもんですね。
どうしてそのような構図になってしまったのか、要因はアレコレあるとは思いますが、
面白いもので、「過去世のタミエル」も同じような……いえ全く同じ構図にあったのです。
「ハイヤーセルフとしてのタミエル」はそのようなねじれ構造からはもちろん脱却しているのですが、
魂の癖みたいなものと言うのか、下の次元の方ではまだ解消しきれていない項目として挙げられていたのか、
とにかく、私の人生の課題の1つとしてこの項目も入れられていたんだろうなー、と感じます。
(ほんとのところは分からないけどねー。)
というわけで、
なんとなく思い立って、久々にタミエルをざっくりですけど描いてみたら、微笑みながらじーっとこちらを観てるような、そんな絵になりました。
タミエル
タミエル
……と、画像をアップした途端に、ちょーーー眠くなってきて倒れそうなので、これにてドロン。
もちょっとアレコレ書こうと思ってたけど、やめやめ。
なんとか記事はアップするです~。
では!

タミエルの欠落感…のつづき。

今日は雨がざーっと降ったり止んだりで、
今これを書いてて、雷も鳴ってます。
今日は大阪に行くつもりだったんです。
エイトのイベントに行くつもりだったんですが、落選しまして、こうしておうちでちんまりしております。
大阪は、雨なのかな。
雷なんて鳴っていないかな。
そんな本日。
イベントに行くつもりだったので、おとーちゃんにお休みを取ってもらっていたので、
「わーい♪おとーちゃんがお休みだから、プールに連れてってー♪」
と、子供たちが言い出して、午前中はおとーちゃんが子供たちを連れて室内プールに行ってくれました。
その間、久しぶりにMAPセションをしました。
これ
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-951.html
について、脳内会話をしておりました。
どこぞの領域に、タミエルの欠落感が残ってる、というのは分かったけれど、
それを書き替えるための宣言も、変性意識状態の時にしたけれど、
ほんとうにそれで書き換わってるのか?という疑問があったのです。
いえ、まだちゃんと書き換わってないな、とは分かっていたんです。
それで、いろいろガイドと会話になったわけですが。
実は、
タミエルの欠落感ってものが残ってる、と分かってから、あることに気がついたんです。
もしも、この欠落感が「私は完全で完璧である」に書き換わったとしたら、
私は強く求めるものが何も無くなってしまうのではないか?と思ったのです。
もしも神様がどんなお願いでも、(世界平和とか自分以外の人のことじゃなくて)個人的なものならなんでも1つ叶えてあげるよ、と言ってくれたら、
私は、賢い頭にしてもらうか、健康な身体にしてもらうか、美しい容姿にしてもらうか、どれにしようかで迷うよなー、と昔っから思っていました。
(そんな話を、会社の同期の友達としていたこともありました。)
肉体的なものしか思い浮かばないんです。
お金持ちになりたいとか、セレブな生活をしたいとか、権力が欲しいとか、有名になりたいとか、仕事でものすごく成功したいとか、多くの人から尊敬され称賛されるような人物になりたいとか……そりゃ、そうなったらいいよねーくらいはありますよ。人間だもの。
でもね、(障害児を産んでからこっち、特にそうなんですが)家内安全商売繁盛、って普通にみなさんが望むくらいのことがすご~く大切ですご~く幸せなことだと感じてるので、その上をどーんと行くような大きい野心が出てこないんです。
これは、うちのおとーちゃんも同じで、大きい野心が無い人なんです。
そんな夫婦なんです。
実際、私がスピなことを含めて、自分を知ろうと学び、自分を少しでも成長・変容させようとしてきた原動力の1つは、健康問題をクリアしたいというもので、それがすごく大きかったんです。
もともとの「己を知りたい」という純粋な欲求だけでは、ここまでは来なかったかも、と思うのです。
昔々。
何年か前に、観音様だったかなー…との脳内会話で、
私と弟1号が健康問題に難アリなのは、それが錨みたいになっている…と言われたことがあるんです。
それがあるから、「ここ」にいられる、みたいな感じのことを言われたんです。
ってことは何かい?
タミエルの欠落感って、わざわざ残してあったの?

と、ハッとしまして。セション中に。
じゃあ、今このタイミングで、その欠落感を取り除いても大丈夫かどうか、ちゃんと自分で確かめないと!と思いました。
実は実は。
最近……ここ1年くらいですかね。どうでしたかね。
私の意識がね、「この身近な、リアルの世界に密着した意識」と「けっこー上の方の意識」とが同居してる状態になってるんです。
なので、身近な世界に密着している意識では、ネガティブな出来事に対して、怒ったり悲しんだりするんですが、
同時に、「なんでもアリだから、それはそれでいいんだろうね。それぞれの魂が必要があって経験したがってることだし。」と感じる意識があるんです。
これは、スピ的な知識があって頭でそう考えてるのか、と最初は思ってたんですが、
どうもそうじゃなくて、上の方の視点での意識が同時に私の中にある、という状態になっているんだな、と、最近になって認めざるを得なくなってきたんです。
そんな状態でもあるので、余計に「健康問題・肉体に纏わる欲求以外にも『ここ』につながるアンカーが自分の中に在ることをしっかり認識しないといけない」と思ったのです。
当然ですが、家族は大きなアンカーです。家内安全がなにより!
お金も、生きていくのに困らなくて……お高い車が欲しいとか大きなお屋敷に住みたいとか海外旅行に行きたいとか、そーゆーのは無いけど、ふつーに欲しい・必要と思うものがそれなりに躊躇せずに買えるほどあって欲しいし、
愛情は……今でも十分なくらい満たされてるけど、これからも素敵な人たちと出会って仲良くなりたいし、私が大好きな人たちにとって私との交流がプラスであるよう、そんな人間でい続けられるように成長し続けたいし、
お仕事も………技術的にももっと絵が上手になりたいし、エネルギー的にももっと成長したいし。
それは、自分のためというより、私の絵を好きだと言ってくれる人、私の絵を買ってくれる人たちのためなんだけど、キレイゴトじゃなくて本心でそう思うんで、そうありたいし。
そして、たとえ欠落感が解消されたとしても、健康はちゃんと維持できるように気をつけるだろうし、キレイになりたいという気持ちが全く無くなるということはありえないだろうし、少しでも賢くなれるように頭を使うことはやめないだろうし。
あるやん!
ちゃんとあるやん!
家内安全商売繁盛をベースにして、自分の好ましい在り方についてのベクトルがちゃんとあるやん!

あ。
大事なこと忘れてた。
毎年、関ジャニ∞のライブにがっつり参戦したいし!
これこそ野望だ。
大いなる野望だ。
ふふふ…。
だってー、エイトはその存在だけで私をワクワクさせてくれるんだもーん♪
というわけで。
「成長・変容していくための(エゴが肥大したものではない…と私は思ってる)個人的欲求はちゃんとあるので、『生まれつき欠けている』という想いは、もう要らないです。取り除いといてください。」
と、セション中にお願いしました。
(お願いした直後に寝落ちしたので、何かしてくれたとは思うけど……どうかな?)
どこまで私の潜在意識が書き換わるのか、どこまで私の肉体的・精神的問題が解消されていくのか、まだ分かりませんけど、きっと少しずつでも良い方向に進んでいけるハズだと信じようと思います。
うん。
信じる。
今日の大阪でのイベントに申し込んだ時、ミカエルたちに言ったんです。
「もしも、途中でしんどくなることなく野外のイベントに参加できて、そして何の問題もなくお泊まりもできるくらいの身体的エネルギー的状態になっているなら、当ててください。」
って。
なので落選が分かった時は、「あー、まだまだなんだなー…。」と、そういう意味でもガッカリしたのですが、
イベントの日にここまで到着できたことをヨシとしたいな、と思いました。
あー。
でもやっぱりイベント行きたかったよーーー。
エイトに会いたかったよぉぉーーーーーーーーー。(←大いなる野望だからね!)

雷、怖かったよー。

タミエルの欠落感

契約解除…?っていうことがあったわけですが。
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-945.html
そこから悶々としておりました。
いや、今でもスッキリしたわけじゃないんですけどね。
ざっくり言いますとね。
まず、とにかく体調がよろしくなかったのです。
PTAの行事で体力を使った後、どうにも調子が良くなかったんです。実は。
1カ月間ですね。
ずーっと低空飛行でした。
もちろん、数年前なら行事のお手伝いに参加することも難しかったかもしれませんし、数年前なら寝込んでただろうなーと思います。
そう考えると元気になったものだ~♪と嬉しいのですが、
寝込むほどじゃないけど、身体の芯がずーっと重たくて、やらなきゃいけないことは最低限のことしかできてませんでした。
お昼寝も必須でしたね。
と、それは先週のある日に、すこんと身体が楽になって、ハタと気づいたんですけどね。
低空飛行の真っ只中にいると、原因が何かも分からないんですよねぇぇぇ…。
そんな状態の中。
契約解除?っていうイメージを見せられて、
なんだなんだ???となっておりましたら、お花ちゃんがメールをくれましてね。
そのメールを読んで、「脚に契約があった」というのは、前に進みたくないという何かがあるんだよなー、と思いました。
で、そこから、ガイドのテオとの会話があり、そこで気づいたことをお月ちゃんに話して、いろいろ意見をもらって、
なるほどなー、とまたいろいろ考えてるうちに、あれこれ気づいて、またお月ちゃんに話して、またいろいろ意見もらって、またまた考えて、あれこれ気づいて……というのを繰り返していました。
その間に、コレも届きましたし。
オマケの剣
プロセスを書くとどえらい長くなるので割愛しますし、ざっくりとはなりますが書きます。
私の中に、ある疑問がまず湧いたんです。
背中のワームを除去してもらい、お月ちゃんに蟹エキスを分けてもらった後もそうだったし、
信頼するヒーラーさんにセションしてもらった後や、MAPなどを通じて大きめの気づきがあった後など、
体調がすごく良くなるんです。
自律神経の塩梅も、あれこれな持病も、かなり良い感じになって、身体がすごく軽くなるんです。
家事も楽だし、私はいろんなことができるんじゃないか?と思えるくらい軽くなるんです。
が、いつも1カ月もすると、元に戻っちゃうんです。
そういうのが当たり前になってて、今まで疑問に思わなかった…というか、また体調が悪くなってきた~と、やり過ごすしかなくて考えたことが無かったんですが、
どうして1カ月もすると、体調が戻ってしまうんだろう?
と、ふと疑問として湧いたんです。
元に戻ってしまう、というのは、私が前に進みたくない、という潜在意識を抱えているからなんだろうな、と、「脚に契約があった」ことからも、そう思ったのです。
そこで思い出したのが、数年前に持病の1つのことで受診した病院のお医者さんの言葉でした。
「(手術という選択肢だけじゃなくて)死ぬ病気じゃないから、ずっと上手に付き合うのもアリだよ。」
死ぬ病気じゃない。
そうなんです。
私は死ぬ病気じゃないけど、しんどくてクオリティ・オブ・ライフが低下してしまう状況が20歳からずーーーっと続いているんです。(もちろんその上下はありますけどね。比較的良い期間というのも時々あって、息子妊娠から娘出産までの間は比較的良い期間だったんです。)
QOLが低下する、というのは、「しんどくて、外に出たくない。歩きたくない。」となるからなんです。
ちょっと歩くだけで、ほんとうにしんどくなるからなんです。
歩くことさえしんどい、なんて、どれだけ前に進みたくないんだ?私は……と、気づいたんです。
ですから、(諸事情で手術はせずにいたのですが)手術して治しても今のままなら再発したり、下手したら次は「死ぬ病気」になるかもなー、と思ったんです。
今のままではダメなんです。
「前に進みたくない」という潜在意識の中の想いの正体に近づいて、なんとかしないと、今のままでは同じことの繰り返しなんだろうな……と、気づいたんです。
でも、自分のそのあたりに焦点を絞ってみようとしても、すぐにボヤっとしてしまい、ちっともよく分からないままでモヤっとしていました。
そうそう簡単には行かないよなー…と、苦笑いするしかありませんでした。
が。
少しずつピースが集まり出して、少しずつ前に進むことができました。
どうやら、
タミエルが『ミカエルから光を直接分けられて天使が生まれる』という場面を見て、嫉妬のような感情と共に、
自分は直接光を分けられた天使ではない(←これを私は「タミエルはミカエルの孫の孫の孫みたいなもの」と認識しております)ので、自分は生まれながらにして欠けている、という想いを持ってしまった

というところから始まってるようだ、と気づいたんです。
このタミエルの物語と感情というのは、もうかなり…5年くらい前かな?には認識していましたし、
それが「闇に喰われた」もともとの要因といいいますか、「隙」になったんだな、というのも認識できてたんです。
現在の私が、私の「上のヒト」といいますか、ハイヤーとして認識しているタミエルというのは、そのあたりのモロモロを解消して手放して、すっかり「ゆるゆるの気のいいにーちゃん」になってますが、
肉体に宿っている意識としての「私」に作用する領域において、まだそれが残っている、ということなんだと思います。
残ってて。
それが、さまざまな人生においても「生まれながらにして欠けている」という状態を生み出してきたんだろうなー…と、感じたのです。
今世の自分自身にしてもそうです。
ありがたいことに自己肯定感はちゃんとあるのですが、生まれながらにして欠けている素養に対してすごくフォーカスしてしまい、悔しいなー残念だなー、と、(あきらめてもあきらめても)想い続けてしまっているのです。
それが、知能の高さだったり、美しさだったり、健康だったりするのです。
自己肯定感もあって、人間関係も恵まれてて、家族みんなに「おかーちゃん大好き~♡」と愛され、ひょんなことから絵を描くことも仕事にすることができて、
すごく幸せだと感じています(というか、すごく辛いことがあっても何故か自分を不幸だと思ったことがない)し、ほんとうに感謝してるんですが、
「生まれながらに欠けている」という想いはずーーーっとつきまとっていたんです。
当たり前になっててよく分かっていなかったんですが。
なので、「不満」というのとも違うんです。
人生に対しての不満、という感情は持っていないんです。私。
健康問題がネックで、やりたいことをたくさんあきらめてきたという事実についても、それに対して不満を感じたりはしていないんです。
ただ、欠けていること自体が悔しかったり残念だったりするだけなんです。
テオにも言われたんです。
「タミエルもそうだったけど、君もそうだよ。欠けてると自分では思っていても、すごくすごく愛されるんだよね。そしてそれも分かっているんだよね。」
って。
愛されてるという実感や、自己肯定感があるおかげで、欠けていることの残念さを、こじらせることが無かったのかもしれません。
こじらせていたら、もっとややこしいことになってたんでしょうね…。
しかし、ですよ。
そもそも何故、タミエルは自己に大きな欠落感を感じる初期設定を自分に課してたのか?
と、疑問になったんです。
今までは、こういうことがあったから、こういうことになっている…という見方しかしていなかったのですが、
いやまてよ、と。
ちょっと視点をズラしたわけですね。
そしたらですね。
おそらくですけど、
なにもかもが「実験」のようなものだったのではないかな、と思ったんです。
ファウのアレを「実験」のようなものだったと、なんとなく感じていたので、タミエルの場合も、わざとネガティブな感情が生まれるような状況に置かれたとしても、おかしくないな、と思ったのです。
だとしたら、もういいよね、と思ったんです。
波動を落としてディセションしていくための実験だったのか、他になんらかの意図があっての実験だったのか、それは分かりませんけど、
なんにせよ、実験みたいなものだったのなら、もうそれは撤収してもいいよね?って思ったんです。
経験値アップや成長のために残しておく……必要はもうないよね、
欠落感はもう回収してもいいよね、って。
そしたら3日前に、ちっとも寝つけなくて、朝方近くまで眠れなかったことがありまして、
その「いやーん。眠れないよ~。明日は早起きなのにーー。」と悶々とする時間の中で、眠れないので頭は起きてるんですが、あきらかに普通の意識状態とは違う……変性意識状態のような感覚になった時間がありました。
(もしかしたら、小学校が夏休みで、おかーちゃんが1人になる時間が激減してるから、こんな時間を持たされたのかしら?!←と、今思った!)
その時に、「欠落感」のことが頭にふわっと浮かんだので、今ここで、潜在意識にある欠落感を違う言葉に置き換えてしまえないかな?と思い、
「私は、生まれながらにして完璧で完全である。」
と、心の声をMAXにして唱えるように宣言したんです。
欠けていないんだよ、ということを肯定的な言葉に置き換えなきゃ、と思ったんですが、ぱっと出てこなくて、「完璧で完全」という言葉になったんですけどね。
満たされている、とはちょっと違うし。
すると、昨日なんですけど。
私は、事実をしっかり見ることを怖がっている、というのを発見したんです。
それはすべてのことじゃなくて、自分自身の肉体の変化(成長や老化、病気など)と、それに伴って変化する状況について、事実をしっかり見ることを子供の頃からすごく怖がっているんです。
だから、(女性らしい身体になっていくことがものすごく恥ずかしかったため)第二次性徴の時期になって急に近眼になったり、あきらかに肌が衰えてきたとショックと共に認識し始めた途端に老眼になったのでしょう。
見たくないんです。
進みたくないんです。
変わりたくないんです。
なぜ?と自問してみたら、
「すでにもう欠けているのに、これ以上失いたくない。だから澄みきった意識で見て、受け止める勇気が持てない。」
という答えが自分の中から返ってきたのでした。
私の中で、精神や意識というのは、どこか「開いているもの」で、次元に囚われずどんどん成長していくものという感覚があるのですが、
肉体というのは「閉じているもの」で、この次元における私固有のものという感覚がとても強いのです。
ですから、欠けていると感じるもの、失いたくないと感じるのも、肉体に関する部分なのだろうと思います。
(美しさや健康はもちろん、知能の高さも脳の機能差という意味なので。全人格的な賢さという意味ではないのです。それは「開いているもの」の範疇でもありますもんね。)
ついでに言いますと、エゴというのも、この「閉じたもの」である肉体にインストールされてるアプリみたいなものかな、という感覚です。
ということは。
タミエルが「自分は欠けている」と感じたことによって初めて「閉じているもの」を生み出すことになっていったのかもなぁ~…、と、思ったりしました。
(ちなみに、その解釈をファウに当てはめるとすると、「自分の中に自分以外のものが混ざりこんで不可分になってしまった」ことで「閉じているもの」を生み出す過程がスタートしたと言えると思うので、ある意味私の魂は正反対のベクトルを抱えてるわけですね。)
そうそう。
勇気が無いと言えば、うさみみさんがこんなツイートをしてました。
https://twitter.com/usamimix/status/500637816477712384
ひーーー。
そんなわけで、
やっとここまで、です。
今のところ。

おれは完璧だけどな。

ハイヤーたちが「結婚」した。

春休み前に、咳とお熱が出る風邪とインフルエンザとで、子供たちがお休みしまして、
そして春休みに突入しまして、
おかーちゃんはなかなか1人になる時間を持つことができませんでした。
すると、おとーちゃんがお休みだった先週土曜日、子供たちがおとーちゃんと遊びに行くと言い出し、
久々に1人の時間を確保することができました。
ですので、MAPセションをしようと思ったわけですが、
その前に、ナニゲに知り合いの方の動画を見ましてね。
これです。

さらに、これまたナニゲにこれを見まして。

せっかくなので、和尚さんのヒーリングをやってからMAPセションをしました。
ちょっとお掃除してからセションに入ったような感じだったのかもしれません。
(※有料伝授ということで、今日の午前中に近所の神社に行ってきました。昨日は嵐だったから行けなかったのー。)
そして、MAPのレギュラーセションを2週間ぶりに行ったのですが、
セションそのものは、これといって変化もなく、まったりと時間が過ぎたのでした。
しかし、セション終了後に、そのまままったりしてましたら、いろいろなイメージが浮かんできました。
そこにメールが入ったので、横になりながらスマホを見てましたら、ちょっとしたキッカケとなる言葉をツイッターで見かけたんです。
すると、
私のハイヤーでもあり、過去世の人でもあり、上のヒトでもあるタミエルに、
私のガイドの1人であるテオと、結婚を宣言するからね、と言われました。
はい?
と、思考が一瞬止まりました。
上のヒトって何でもアリなところがあるので、別におかしなことは無いとは思うんですが、
あいつら(私の認識では)男同士だしー、
ツインじゃないしー、
でも、アリなの?
ねぇ、アリなの?
え? え??
ってな感じのプチ混乱になっておりました。
いえ。
上のヒトが『結婚を宣言する』というのは、実は初めてのことではないのです。
もう1人のハイヤーであるファウは、5~6年前にすでに『高次元に上昇し、そこで結婚を宣言する』ということをしていたんです。
(というか、そういうビジョンを強制的に見せられたんですわ。)
ただ、その相手はその少し前に出てきた『ファウのツイン』でしたし、男女のカップルでしたから、
そういうのもアリなんだなー、と割とするっと納得したのですが、
今回は、マジですか???と、慌てました。
……正直言うと、怖くなったんです。
結婚、というのは、この肉体の、この表層意識の「私」が理解しやすい言葉としてチョイスされているだけで、
この我々の世界で言うところの結婚とは意味が違うというのは分かっています。
部分的な統合、とか、部分的な融合とか、そんな意味合いが強いんだと思うんです。
でも、やっぱり統合や融合という言葉ともちょっと違っていて、結婚という言葉の方がある意味ではすごくしっくりくるんですね。(←私の結婚観と照らし合わせると、ですがね。あくまでも。)
そんな状態に、タミエルとテオが至る、と思った時に、
テオがいなくなったら、イヤだ!
と、怖くなったんです。
変容、変質してしまって、『今まで一緒にいてくれたテオ』がいなくなってしまうことへの恐れと不安を強く強く感じたのでした。
でも、その時に思い出したのが、じぇいど♪さんのこの記事でした。
執着が恐れを生み出してるんだ、と、ハッとしました。
すべては、自分。
テオというガイドは、タミエルのように直接的な意味での私の魂ではないし、
もしかしたら、私の知らない誰かのハイヤーなのかもしれないくらいの存在なんだけど、
それでも、そんな彼すらも「自分」で、
少しずつ少しずつ、そういう存在と統合していくことになるんだな。
さっき見た和尚さんの動画の通りなんだよなー…。
でも、私はまだすべてを自分だと認識できるくらいの成長もしていないし、器も小さいままだから、
一部が統合して、まだまだ「個」としてお互いを認識するような形態になるんだな。
だから、「結婚」なんだなぁ……。
と、理解した途端に、すぱーーーんと結婚を宣言されたのでした。
すると、
たて続けに、これまたほぽ同じようなキッカケとなる言葉を目にして、
もう1人のガイドであるユリウスにも「ファウと結婚を宣言するよ?」と、言われました。
彼からが高次元に上昇する間に、
「それって、重婚じゃないのー?」
と、肉体の私の意識がユリウスにツッコミを入れたら、
「そーゆーもんじゃないってばー。」
と、優しい笑顔で返されて、私も落ち着いてイメージを感じることができました。
すると、その日の夕方。
いつも行く農協スーパーの産直コーナーで、白い百合が売っていたんです。
このところずーーーっとピンクの百合しか見かけなかったのに、白い百合があったんです。
白い百合って、私の中ではファウの象徴なんです。
買った百合が、翌日の朝にはキレイに咲きました。
白百合
今も、いい香りが漂ってきています。
ハイヤーが「結婚」をして、何かが急激に変わる…ということは無いんですが、
ファウのツインとの結婚の時も、時間は年単位ではありましたが、振り返ってみますと、なんだかんだゆーてがががーーっとどえらい変容をしていきましたから、
何かが変容し、成熟していくんだろうなー、とは思っています。
この意識の「私」への直接的影響としては、
より自由な精神へと成長していけるのかなー?
なんて、期待しております。

これくらいで嫌気がさしたり文句言ってちゃダメなんじゃないか、と思っていた。

今から思えば、子供の頃から自律神経のバランスが乱れやすい子で、
20歳からは本格的に自律神経のバランスが不安定になってしまいました。
社会人になって5年ほどは、それでも比較的元気でしたが、
それ以外はほんとにしんどいことが多くて、
自分の身体がほとほとイヤになることも多々ありました。
このところ不安定だったのですが、
昨日の夜にまた突然しんどくなってきました。
漢方薬を飲んで30分ほどしたら、しんどいはしんどいんですが、
なんとか動けるくらいにはなり、家事の続きをしたり、お風呂に入ったりしました。
そして、そのお風呂の中でのことです。
世の中にはもっと大変な病気でもっとしんどい人も多いし、
オカンだって昔はもっともっとしんどかったに違いないのに、
私は堪え性が無いなぁ~…。
タミエルたちは、もっと強い精神の人に仕立て上げれば良かったのに。
この肉体の精神をもっと強くすれば良かったのに。
ごめんね。こんな弱虫で。

と、思っていたら、
あんたねぇ。
あんたのしんどいってやつ、かなりキツいんやで。
ほんとによぉ頑張ってるって。

と言われました。
タミエルに。
(私の脳内言語変換なので、岐阜弁です。)
しんどいことに対して、自分に嫌気がさしたり、弱気の虫ばっかり出てきたり、うつっぽくなったことすらありました。
そんな自分にダメ出しばかり出して、罪悪感も感じていました。
人間って、どんなことでもすぐに罪悪感にしてしまうんだなぁ~、と、タミエルに言われた言葉のおかげで気づきました。
そして。
ハイヤーの1人に労ってもらったので、すごくホッとしました。
ほんとに、ホッとしました。

タミエルと親友とあの子

タミエルの昔話ですが。
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-469.html
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-473.html
http://smalltamiel.blog82.fc2.com/blog-entry-474.html
親友くんが、我々の世界の言葉で言えば、生命科学とかバイオテクノロジーとかそーゆー感じの研究所にいて、
タミエルは、天文学とかそーゆー感じの研究所にいたっぽくてですね。
今でこそ、成熟したゆるさのあるタミエルですけど、その昔はちょっとトガってたぽくてですね、
そんなタミエルに、研究対象の「あの子」を預けたのが親友くんだったようでして……。
最初は「なんでオレが?」という「てい」だったようですけど、タミエルもすぐに「あの子」をめっちゃかわいがるようになりまして、楽しくて幸せだったんでしょうなぁ。
タミエルと親友とあの子
「あの子」に対するタミエルの感情が私が感じる時は、ほんと深いですもん。
私が、ついつい泣いちゃうくらい。
親友くんに対しての感情はまた感触が違うんだけど、深いし。
…と。
ここんとこ、またタミエルのそーゆー感情が時々感じられて、掃除中とかにふいに涙が出ちゃうんだもん。
やーねー。ほんとにもぉ。