昨日はこんなことをツイートしましたけど、今日はスピスピな感じになります。
だって、スピスピなことが「舞台の設定」みたいなことになってるので仕方がありません。
日常的な範囲で済んでりゃ書きやすいんですがね。
「スピ」なんて括りの意味すら私は本当は分からなくて、生きてるってことそのものがスピリチュアルじゃんね?と思ってるので。霊的真実を忘れて泥まみれになって、時期が来たら霊的真実を思い出していく…というのをみんなしてて、ちょっと先にタイミングが来た人が後から来る人に求められたら「こんな感じやで?」とその時に話せることを話してる…ってだけのことだと思うのですよ。
で。
何かと言いますと。
ひとつ前の記事で「自分に呪いをかけてたのに気づいてマイティピュリフィアで解除したら、扉が開いて、その向こうには七色の光が密集していた」と書きましたが、その続きです。
メモとしてツイートしたものを貼ります。
日曜日の夜からの腹痛が、一旦収まりかけて、月曜日の夕方から胃腸がまた痙攣してきて、月曜日は結局お粥一杯とにんじんジュースしか食べられなかったんですよ。
でもって、まだお腹の違和感はあるし、火曜日は昼過ぎから頭痛にもなったし。
トホホでした。
で、トホホになりつつマイティピュリフィアをかけてたら、自分でかけてた呪いの南京錠を外して開いた扉が見えたので、七色の綺麗な光の空間に入ってみたんです。ずんずんと。
そしたら、呪いをかけたのは自分だとしても、何でそんなことをするハメになったんだ?とふと疑問が湧きまして。
すると、自分の能力を発揮すると大変なこと(とても嫌なこと)になる、という思い込みがわぁぁ!と湧き上がってきたんです。
それか!と、マイティピュリフィアで癒やした…のはいいんですが、その思い込みはどこから生まれたの?と思った途端、ぱーんと観えたのが性別が無いというか両性具有な人で、
誰だ?と思い、久々に某所に行ってアカシックにアクセスしてみたらアトランティス崩壊前の、堕落・混乱が酷くなってきた頃の人で云々と出てきて、うえー…、となりました。
アトランティスなんて面倒くさそうでしょ?あまり触りたくないでしょ?
うえー…。
思い込みそのものは、マイティピュリフィアで癒やしたら、七色の光の中で更にどあー!と強烈な光を放ってたので、それはそれでいいとは思うんですが、まだ先があるなぁ〜…と、感じました。
絡まった糸を解くようなものですねぇ。
それで、です。
ここからさらにスピスピなんですけど。
これを書いた日の夜に、湯船の中でぼーっとしてたらですね、はたと気づいたんです。
「能力を発揮するとヤバいことになる、という思い込みを発生させる人生をそもそもデザインしたのは、タミエルのアレだよな。」
って。
タミエルとは、天使…ってそもそも何だよ?なんですが、どうも何か天使にもいろいろあるみいたいで、天使そのものなのか天使族みたいな何かがいたのか、はたまた仮想実験なのかもしれませんが、
とにかく、天使たちがやんやしてた頃に、大事な弟みたいに愛していた「特別な子」を戦いの中で失い、自分も隙をつかれて闇に浸食され飲まれかけた……ところで、ミカエルにお腹をグサリと刺された……っていう、過去世のヒトといいますかハイヤーセルフの1人といいますか、はたまた仮想実験の要素の1つといいますか……なんですが。
そのタミエルは、何故「隙をつかれた」のかといいますと、
そもそもタミエルが『ミカエルから光を直接分けられて天使が生まれる』という場面を見て、嫉妬のような感情と共に、自分は直接光を分けられた天使ではない(←これを私は「タミエルはミカエルの孫の孫の孫みたいなもの」と認識しております)ので、自分は生まれながらにして欠けている、という想いを持ってしまった…という、小さな小さなモヤモヤ(←私にはこれが虚数みたいに感じるんですわ)がありまして、それが闇の侵入ポイントになってしまったのでした。
このタミエルの根源的な欠落感については、事あるごとにぶち当たるので、もう何年も前から向き合ってはきましたし、少しずつ気づきの蓄積はなされていたのです…が、ずーっとそこにあるままでした。
しかし、今の私にはマイティピュリフィアがあります。
おそらく癒すことができるのだろう、と思いました。
……思った途端、怖くなりました。
この欠落感がタミエルの親友のテオや大事なスピカとの出会いを生み出したのが分かっていたからです。
彼らは今は私のガイドにもなっていてくれます。
きっと、欠落感を癒しても彼らが消滅するわけではないことは頭では分かっています。
それでも、とても怖くなったのです。
この欠落感が結果的に生み出した数多の出会いや別れ喜びや悲しみの物語を、私は深く愛しているから、それらが消えてしまうのが怖かったのです。
だから、今までも「本質的な自分に回帰するかのように変わりたい」(←もっと分かりやすく言えば「めっちゃ健康になりたい」とかですね。)と頭では強く願っていても、(そのプロセスが簡単なものではないというのとは別の意味で)少しずつ変わり続けいても、「そのエリアからはなかなか出られない」みたいな状態のままだったのだと気づきました。
湯船の中で「どうしよう…。」となっていたのですが、多分…テオだと思うんですが、「大丈夫だから。」とポンと言ってくれまして、
それで腹を括ってマイティピュリフィアで癒すことにしたのでした。
時間は少しかかりましたが、突然ふっとお腹が軽くなり、ぽろっと何かが外れたような…そんな感覚になりました。
身体中の力が一瞬ふっと抜けるような、虚脱感にも似た感じになり、
「癒されたのかなぁー…。」と、ぼんやり思いました。
すると翌朝。
子供たちが学校に行く前の慌ただしい時間、家事をしながらも気づくとある歌がずーっと頭の中を流れていました。
自分でも気づいて「あれ?さっきからなんでこの歌がずーっと頭の中を流れてるんだ?」と不思議な気持ちになりました。
この歌なんですが、家事の合間にスマホから流してみました。
すると、サビのところの
『数え切れない景色を 僕ら描いてきたんだ 消えない それは 今も…』
というところで、
「あー……、テオが伝えたかったのか…。」と分かり、涙が出そうになりました。
1人きりだったら泣いてましたね。
涙だばだば流してましたね。
大きなものが1つ癒されて、一瞬にして身体が超絶健康になる……というわけではなく、お腹はあれからもまだ調子がイマイチなのですが、内面は……やはり違いますね。
周囲から見たら私は何も変わっていないように見えると思うのですが、自分の内面はそれまでよりかなり風通しが良くなりました。
変わる、というのは、こういうことなんだなー、としみじみしております。
変わりたいのに変われないのには、ちゃんと理由があるんだな、と。
あ、そいえばですね。
今朝、月子さんからLINEがぴょこんと来まして、
「今日はじーさんの日ですね。」と書いてありました。
今日は聖ミカエル・聖ガブリエル・聖ラファエルの日らしいです。
全然知りませんでした~。
なので、持っているけどほとんど使っていないミカエルのオラクルカードを引いてみました。
神聖で完全な健康に焦点を合わせるですって。