これ見て~♪

これ見てみてー。


ほんとに「ほぼ同じ人」ですなぁぁぁ!

氣乃さん太っ腹

春ですね~。
名古屋に住んでる時もそうでしたが、ここに引っ越してきても家のすぐ近くに桜の並木道があるので、桜が咲くと一期に風景が変わります。
春ですねぇぇぇぇぇ。

さて、そんな春のお知らせをひとつ。
私もよくお世話になっている氣乃さんが、またしても太っ腹なことをしてくれております。
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12261486683.html
氣乃さんは、ヒーリングエネルギーを受け取るだけでは勿体ないよ、というスタンスで、さまざまな実践方法も提示してくれています。
特に、無料でエネルギーを受け取るというのは、なんて言いますか…「収支が合わない」ように私は感じてしまうところが若干あるので、『自分だけで欲張らず周囲におすそ分けしまくる』というのが私は良いなぁ~、と思っております。
(や、もちろん長期的・多角的に見てすべて収支は合うようになってるんでしょうけどね。)
ピンときた方は上記リンク先にアクセスしてみてください。
春だしね。
新しい環境であわあわしてる人もいるでしょうしね。
私みたいに体調がイマイチの人もいるでしょうしね。
(ここんとこずーっと調子がそこそこ良かったんですが、4月になったら途端にイマイチになっとります。春のせいや~。)
というわけで、お節介おばさんからのお知らせでございました♪

「思うは招く」

希望の光を観るお猫

……ってな感じですが。
さて。
さきほど、Twitterでこの動画についてリツイートが回ってきたので、こちらでも紹介します。
お時間があるなら、是非今すぐご覧ください。
お時間がなければ、ゆっくり時間が取れた時に是非ご覧ください。

20分くらいあります。
「どーせむり」という言葉、ついつい使っていませんか?
残念ながら私は使ってしまっていますねぇ……。

タイムマシンの上で眠るお猫

私のブランケットをタイムマシンに見た立て息子が遊んでいたら、黒丸がゴロンと横になって眠ってしまいました~。

あなたの好きなものは何ですか?


FBの方はあまり「友達」はいないのですが、
それでも濃い人が多いので、いろんな興味深い記事が時々目につきます。
そんな感じで知ったのが、まず「かさこ」さんでした。
好きなことを仕事にしろ!といつもいつもおっしゃってます。
最新の記事はこれでした。
好きを仕事にするには悲壮な覚悟も忍耐も努力もいらない
http://kasakoblog.exblog.jp/24178247/
確かにねー、
私もねー、1996年から毎日ではないんですが、ちまちまちまちまとネットで何かしら書いてまして、
それは「好きだからやってる」だけなんですよね。
格別な忍耐も努力も必要ありません。
(どっちかってゆーと、一時期はアウトプットしない方がしんどい~ってくらいでしたし。)
でもって、絵を描くことにしても、それを仕事にしようなんて思ったことが無いんですが、子供の頃から30歳くらいまでなんやかんやちまちまちまちま描いてました。
30歳頃にパタリと描かなくなったんですが、ひょんなことから40歳頃に天使の絵を描き始めたら、あれよあれよでネットでお店をオープンしちゃいましたからねぇぇぇぇ。
そしたらですよ、好きで書いてるブログ記事を読んでくださって、民絵屋に絵を注文してくださるお客様も少なくなくてですね、
ほんとに好きなことしてるだけなのに、お仕事としてそれなりに成立してるんですよねぇ……。
うちのおとーちゃんにしてもそうですもん。
好きなことをやっていたら、それが仕事でバリバリに活かされてる……という図式になってますもん。
会社員時代もNPO法人職員の今も。
や、
私は会社員時代というのは、好きでもない職種の仕事を選んでしまったわけですけど、それでもそこでテクニカルライティングってものをがっつり教えもらったことが、ブログを書き続けることに活かされてますからねぇぇぇ。
やっぱりご縁があって入った会社で、いろんな人にお世話になって、いろんなことを教えてもらって、糧にさせてもらってるわけですよ。ええ。
ですからね、今は特に好きじゃないけど生活のために仕事してるって人でもですね、何かしら得るものはきっとあって、それを好きなことに活かしていけたら良いと思いますし、実は無意識のうちにもしてるんじゃないかなー?と思います。
そして、「仕事は好きとか嫌いとかの問題じゃないんだよ。」という考え方でも良いと思います。
でもね、かさこさんに続いて、「ウタマロ」さんのブログ記事を読むようになってから、やっぱり好きなことを仕事にしようという方向に自分を持っていくのは素晴らしいことなのかも、と思うようになりました。
お時間のある方は宇宙船とのアプローチの流れを最初から読んでもらった方が分かりやすいと思うのですが、
まとめがこんなふうに書かれています。
http://ameblo.jp/izumiutamaro/entry-12123050306.html
http://ameblo.jp/izumiutamaro/theme-10088440465.html
正直、最初は「へー。」って程度で読んでたんです。
でも、そういうもんかもなー、と思うようになりました。
でね。
好きなことをその情熱に従ってやり続けよう、としてもですよ、確かにこんなふうに陥ることも多いと思うんです。
http://ameblo.jp/izumiutamaro/entry-12133627679.html
これねー、
私ですらありますもん。
~ねばならない。
この言葉、この思考は生きていく上でどうしても出てきやすいものですけど、
けれどもどうにもよろしくないようです。
こちらのサイトにも「ねば」「べき」という言葉は身体にも心にもよろしくないと何度も何度も書かれています。
http://karuna98.blog.fc2.com/blog-entry-408.html
さらに。
「罠」もあるんですよねぇぇぇぇ。
http://ameblo.jp/izumiutamaro/entry-12131943298.html
いくつかあるご自身の人生の分岐点を思い出してみてください。
罠にハマったことってありませんでしたか?
私は、やっぱり以前お勤めしていた会社に入社を決めたことが罠だったと思います。
なので、仕事そのものはほんとーに好きになれないまま苦痛なまま11年続けることになりました。
何度も言いますけど、素晴らしい出会いもたくさんあり、技術文書の書き方をみっちり教えてもらい、糧にさせてもらってることはいっぱいありますけど、仕事そのものはほんとーーーーーに苦痛だったのです。
区切りごとの達成感すらだんだんと感じられなくなってましたし、やりがいなんてちっとも感じられませんでした。
そういう自覚はありましたが、今の絵を描く仕事をしてみて初めて、好きでもない仕事をすることは喜びにはならない、ということがよーーく分かったのです。
どんな仕事でもしんどいです。
好きな絵を描いてたってしんどいこといっぱいあります。
でも、喜びがあるんです。
ウタマロさんも、楽しくないのに人に尽くしたりしてもダメだし自分を犠牲にしても無駄、と言ってます。
先日、人生はgive and giveだと日記に書きましたけど、喜びのないgiveじゃダメなんですよね。
かと言って、
いきなり何の保証もないところでやりたい仕事を始める……というのは無謀だと私は思いますので、
とにかく好きなことをやり続けて、何かしらのアウトプットを続けてみる、というのが良いと思います。
となると、最初に戻って、かさこさんの言うように毎日好きなことをブログに書き続けてみるといい、ということになるんですよね~。
写真だけでもインスタグラムにアップし続けるというのでも良いと思いますし。
何かしら、アウトプットしてみるというのは大事なことなんじゃないかなー、と私も思います。
今から早速やってみたらいかがでしょうか?
あなたの好きなものは、何ですか?

自分に暗示をかけて、自分を好きになるというやり方もアリ。


またしても、子猫が入り浸るようになりました。我が家。
ご近所で、野良猫たちにエサをあげてるお家がありまして、そこからやってきたんだと推測しておるのですが、
えらいこと懐かれまして……というか、「ここんちの子にしてー♡」攻撃がハンパなくてですね、
私が裏庭で洗濯物を干してる間中なんてずーーーっと足元すりすりで踏みそうになるくらいです。
窓んところでニャーニャーとアピールしまくりですし。
まーー、こんなに人懐っこい野良子猫って初めてだ~、ってくらいでございます。

これくらいの大きさ。
でもねぇ。
飼ってやれんのです。
おブ子さんが、ちょーーー臆病で、最初こそ「ふんふん。」と子猫のニオイを嗅いでおしまい、だったのですが、
子猫が無邪気に接近すると怖がって尻尾をぼんぼんにしちゃうし、とうとう威嚇して猫パンチしましたし。
ほんとに性格が正反対っぽいので、飼ってやれんなー、と思っておるのです。
娘が学校の友達に「誰が猫飼わない?」って言いまくってくる、とゆーてましたが、はてさて、どうなることやら。
(てか、そもそもオカン猫はどうしとるん?あそこの家に入り浸ってる猫軍団の一員じゃないのか?)
あ。
ちなみに、オスです。
この子。
さて。
昨日の日記を書いてから、これを紹介しようと思いまして、こうして更新しております。
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12076949553.html
氣乃 介さんのブログ記事です。
ここに紹介されている
「とは言っても、お前(あなた)が一番大好きだ。」
と自分に対して、声に出して3回言う、というものですが、
これねーーー、ずっと前から知ってたんですけどね、こっ恥ずかしくてできなかったんですよ~。
P様も似たようなことを推奨されてた記憶があるんですが、もーこっ恥ずかしくってぇぇぇぇーーー。
しかしですね。
これは無料ですからね。
3万も5万もするセションを1回受けるというのは、新幹線で目的地に向かうようなものだと思うんです。
無料で地道にコツコツ続けるのは、徒歩で目的地に向かうようなもので、時間はかかりますよね。
でも、効果はあるんですよねー。ちゃんと。
ちょっと前に、瞑想音楽をYouTubeで漁ってたら、斉藤一人さんの講演会の音声が1つ出てきたんです。
で、なんとなく聞いてみたら、これが面白かったんですよ~。
一人さんの本は3冊くらい読んだんですが、本より100倍良いです。お話を聞いてる方が。
(ご本人も、本は削ぎ落としてしまうから面白くないんだよね、と言ってました。)
それで、いくつか聞いたんですが、彼も無料でできることを話してるんですね。
面白いので、YouTubeで検索してみて、ピンときたものを聞いてみるのをオススメしますよ~。
ちなみに、私が最初に聞いたのはコレです。

まずは、無料だけど、自分でコツコツ続けるってのは大事なことかもしれんですね。
それこそ「自分を変えたい」と願うなら、コレと思ったものを1年くらいは毎日コツコツやらないと、次のステップになかなか進めないかもしれないんじゃないかなー、なんて、土星先生は思います。
もちろん、いきなり新幹線でもOKなんですけどね。
風の要素が大きい人などは、コツコツよりぴゅーっとひとっ飛び、の方が性に合うかもですし。
や、まぁ、とにかくですね。
「自分を好きになる」というのはとても大事なことみたいです。
氣乃さんのこの一連の昔話を読んで、うはー、って思いましたもん。
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12077743634.html
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12078063125.html
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12078782710.html
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12079189991.html
http://ameblo.jp/kino-tasuku/entry-12079573547.html
というわけで、昨日の記事の補足として書いてみました~。

子供の頃、何になりたかった?

佐藤龍一さんって方をツイッターでフォローしてるんですが、
その方が、

今日は仕事で「少年の日の夢」というテーマの詞を書いた。みんなは子どもの時、将来何になりたいと思った?俺は小学校の頃は画家、それから漫画家、中1からギターはじめた。子どもの頃の夢はコロコロ変わったけど、高校の頃にはミュージシャンになることしか考えてなかった。


とツイートしたら、彼のフォロワーさんたちが子供の頃になりたかったものを次々ツイートし始めまして、
それを佐藤さんがどんどんリツイートするので、ゴロゴロ寝ころがりながらスマホでけっこーあれこれ読んでたんですが、
見ず知らずの人たちの「子供の頃になりたかったもの、そして今の自分」ってのを読んでいると、
人間って思ったとおりにならないから面白いのかもな、と、ちょっと切ないんだけど、そんなふうに思っちゃいました。
まとめがこちらにありますので、興味があったらどうぞ。
http://togetter.com/li/862927
私も書いてます。
あ。
当ブログのコメント欄に「子供の頃になりたかったもの」を書いてくださってもいいですよ~♪
(レスはしませんけど~。)

おれがなりたいのは立派な狩人。
…じゃないや、狩猫。

なんでもアリだからこそ。

今朝は、珠乃さんがとても興味深い記事をリツイートで紹介してくれたので、
それを私もリツイートしたんですけど、
ツイッターやってない友人にも読ませてやれ、と、mixiのつぶやきにもURLを貼り付けておいたんです。
そしたら、案外コメントがつきまして、
それを読んでたら、あー、とアレコレ思ったので、忘れてしまわないうちにこっちにまとめておこうと思いまして、こうやって書いております。
まず、その記事というのがコレです。
「反社会性人格障害について」
http://miraimirai.blog.jp/archives/1032857946.html
人間ってのは森や海で1人っきりで生きてる動物ではなく、群れて生きてますよね。
この種にとっては、その方が生き残りやすかったからそうなったんだと思うんですが、
そういう生き方をしていくのに必要な能力が「社会性」で、それらは進化していくうちに獲得していったものだと思います。
それが、さまざまな感情や共感する力や想像力、そして言葉なんだろうと思います。
しかし、それらとて「脳」の機能であることには変わりなくて、
獲得してきた能力のうち、何かの拍子にそれの一部が欠落してしまった個体が生まれることもあって当然だと思うんです。
生まれつき腕が無いとか、そーゆーのと同じです。
もう少し言えば、その能力が欠落はしていないけど、一部の働きが弱い個体となると、欠落している個体より数は多くなるでしょうし、そういう場合は「個性」という範疇に納まるものなんだと思います。
ところで。
スピ的には、人間は「全なるもの」が「さまざまな経験をしたくて生み出した二元性の世界」の中で「さまざまな経験をしているキャラクター」みたいなものだ、と言われることが多いと思うのですが、
そうだとすると、もともとはなにもかもが満たされた存在だけれども、わざと欠落させて矮小化させた存在が人間…とも言えると思うのです。
でも、いろいろ制限をいっぱいかけた存在として生まれてきて、わざと「愛が足りない」とか「あれができない」「これができない」という状態にしておいて、それを経験してる……のだけど、
ある程度「これが普通の人間だよね」という平均値みたいなものもできあがっていますよね。
平均値内にある人でも、このいろいろな経験というのはえらいこっちゃなのに、社会性を形作ってる機能の一部が欠落してるとなると、人間として生きていくのが難しいに決まってますし、周囲の人も大変に決まってます。
ですから、当事者がこのような記事を書いてくれているというのは、とても意味のあることだと思います。
そいういう人を理解するという意味でも、欠落しているということの意味を考える上でも、そして大きな制限をかけて生まれてきた自分自身というもの捉え直す意味でも。
最近ですね、
人間なんでもアリなんだな、とすごーーーく思うんです。
近視眼的には「困った人の困った言動」はめっちゃ困るしイヤなんですけど、
なんでもアリで、この人はこーゆーのを選んで経験してるんだから、仕方がないかー……みたいな気持ちも同時に湧いてくるんです。
や、もちろんイヤなんで、そーゆー人のことは避けようとしますがね。
でもやっぱり、なんでもアリなんだと思います。
なんでもアリだからこそ、バリバリ制限つきの自分とがっつり向き合って、その時にベストだと思う選択をし続けるしか無いんだと思うのです。
でもって、「ベスト」を選択するためには、何をベストとするか、という基準が必要で、それを真面目に考え続けることができれば、そこそこいい塩梅に自分を育てていけるんじゃないか、と私は信じているんですけどね。
私はアレコレ劣等感を持ってますけど、それも制限だと思えば、逆に自分を面白いやつだと思えるよなー、って最近になって感じるようになりましたし~。
珠乃さんのパートナーは、女性の身体で生まれてきたけれど、心は男性でした。
そして、珠乃さんはそんな彼を愛したのでした。
大多数の在り方とはちょっとズレてるから、きっと2人ともいろんな葛藤を感じたと思うのです。
でもね、なんでもアリだから、それでいいんだろうなー、って思ったりしてます。
それは、セクシャルマイノリティーに対する理解云々ということじゃなくて、ただただ「それでいいんじゃね?」っていう感じです。
https://twitter.com/13tamano/status/615912401511149569
https://twitter.com/13tamano/status/615912566804459521
おっぱい、片乳分でいいから、あたしにも頂戴っ。
この人は「悲しみ」がインストールされていないようだけど、この記事を読むと、なぜ「慈悲」という言葉に「悲」という漢字が入っているのかが分かるよね、というやりとりをmixiのコメント欄でしていたのですが、あらためてしみじみ考えておりました。
そして、mixiのコメント欄での結論は、「お猫は尊い生き物」だということでした♪

これが尊い生き物であります。

この半年で一番胸にグッときたヤツ

★お知らせです★
プレゼント企画当選者の方々には、本日発送いたしました~♪
天使の絵はスマートレターにて、ポストカードセットは普通郵便にて発送しました。
お受け取りをよろしくお願いします♪♪

と。
お知らせだけでは寂しいので、
この半年で一番胸にグッときたヤツをここで紹介しときます。
ぜひ読んで。
公園でお姉さんと出会った
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2015/06/24/023309
最後はおブ子さん。
午前中は裏庭でバタバタ走り回ってました。
小鳥を口にくわえながら。
今はこんな感じでお昼寝です。

磨いていこう。

ちょいとお時間を作ってもらってですな、ぜひこの「まとめ」を読んでいただきたいでござる。
http://togetter.com/li/826854
私はたまたまこれを眺めていたんですが、
「あああー、お寺さんがめんどくさいのに絡まれてる~。」
と、ちょっとだけハラハラしておりました。
そして、コトが収束してきたところでのニー仏さんのツイートに大きく頷いておりました。
自分の言いたいことを【明晰に】言語化できてるか、というと、「はい。」とは言えない自分がいるのですが、
会社員時代に技術文書を書くお仕事をさせてもらってたおかげで、ある程度はできているんじゃないか、と思ってます。
それにですね、高校3年生時に国語の担任に小論文をいっぱい書かされたので、筋道立てて意見を述べる、ということを鍛えてもらったように感じています。
でも、自分ではできてると思っててできてない人が厄介なわけで、ある程度できてると思ってる私はヤバいかもしれませんがね…ドキドキ……。
いろんな能力があって、得意不得意は誰にでもあるものだと思いますが、
自分の言いたいことをちゃんと言語化できるようになった方が、他人とのコミュニケーションがとても深くなるので、意識して磨いた方がいい能力なんじゃないかなー、と私は思います。
なので、40過ぎから歳を重ねるごとにどんどん頭の回転数が落ちてる私ではありますが、もっともっと磨いていかねば~とあらためて思ったのでありました。

おすすめ記事3つ

イトーヨーカドーの公益財団法人(伊藤謝恩育英財団)が大学進学をサポートしてくれるとのこと。
http://www.ito-foundation.jp/system/
経済的な問題で進学をあきらめる、というのはとても辛いと思います。
私の家も経済的な問題アリアリでしたが、国立大学だったら…ということで行かせてもらえました。
親にはすごく感謝してます。
その時、経済的な問題のあるお家の子は授業料を免除しますよ、という国立大学にあった制度を利用させてもらいました。
今はそういう制度があるのかどうか分かりませんが、大学で学ぶことを経済的に援助してもらえるというのは、本当に本当にありがたいと身に沁みてますので、伊藤謝恩育英財団のような援助がもっといろんなところから出てくるといいなぁ、と思います。
で。
大学で学んだ後は、就職ですよね。
仕事って何?
https://job.cinra.net/series/zoonie2/
山田ズーニーさんの記事です。

仕事は「他者貢献」である。
これが勉強と仕事の最大の違いだ。
どちらも努力や忍耐が要るけれど、勉強は最終的に自分を満たす。
他者を満たすのが仕事だ。


頭では分かっていても、腑に落ちているのとは違いますもんね。
他者を満たすのが、仕事。
これは肝に銘じるべき言葉だなぁ、と思いました。
さて。
最後は、うさみみさんのこの記事です。
焚きつけるまでもなく、自分が変われば他人も変わる
http://celestie.blog23.fc2.com/blog-entry-2099.html
これはほんとうにそうなんだろうな、と思います。
人間って、そういう部分でもみんなつながっているんだから、自分をいい感じに成長させていくというのは、人類への貢献にもなるんですよね。
ただし、自分が変わっていく過程で、ちっとも変われない他人は離れていきますよね。
人類というくくりのパーティーで見れば、離れるも離れないも無いのでしょうけど、
身近なパーティーというくくりで見ると、そのように見えます。
……私本人の話ではないのですが、最近そーゆーのを目の当たりにしまして、しみじみしていたところだったりします。
あ、「自分をいい感じに成長させる」って言いましてもね、
昨日たまたまmixiの日記にこんなふうに書いたところなんですけどね。

でもさ。
穏やかで、常に凪のような心で、博愛を具現化したような、愛と光に溢れた人…になりたいわけじゃないのよねー。
そんなの、高次元の自分に任せておけばいいかなー、と思うのよね。
偏りがあって、欠点があって、本気で泣いて本気で笑って、いつまでもアイドルに萌えてる笑顔の可愛いおばーちゃんになれたらいいな、と思ってるからねぇ。
だけど、
過剰な怒りは手放したいなぁ、と思うのよね。


月子さんが、
「怒りも二次的な感情で、そもそもは何か満たされないものがあるんじゃないかなぁ。」
ということをメールのやりとりの中で言ってまして、
なるほどなーー、と最近思ったばかりなのですが、
満たされなかったことを満たしてくれる人を探すよりも、自分で満たしていくことの方が近道なんじゃないかな、と、思ったんです。
というか。
それが「最初の一歩」なのかもしれないですね。
自分で満たしていこうとするからこそ、満たしてくれる人が現れるのかもしれません。
もう許してやれ