悩んでるその悩み自体には問題の本質は表れていない

北の国のニュースがよく流れてたので、なんとなく見てたんですよ。
そしたらですね、現在のトップの方のおじいさんの頃から、国民全員に白米を食べさせることが念願……という話が出てきたんですね。
政治経済にそんなに強いわけでもない私でもですよ、ほんとうにその念願を達成したいのなら今の政治体制のままでは難しいよねぇ?…と、脊髄反射で思ったわけですよ。
何十年と今のやり方ではやり遂げられなかったことなんですから、やり方を変えないと上手くいかない可能性の方が圧倒的に高いですよねぇ。
普通に考えたら。
でも、トップは今の体制を変える気なんてサラサラなくて、それを維持して(さらに強化して)いくことが一番の念願なんだろうから、そりゃいつまで経っても実現は難しいですよねぇ…。
と。
あの国のニュースを見ながらそんなふうに思ってたんですが、
これって、国とかっていう大きい枠組みだけじゃなくて、個人でも言えることだよなー、と思ったのでした。
たとえば、豊かになりたい幸せになりたい、と願っていても、何かこう……やり方とか信念とか…そういうものを変えないまま同じことの繰り返しをしてる、というのって、実はすごーくありがちな気がするんです。
悩んでるその悩み自体には問題の本質は表れていなくて、もっとその下のベースになっているようなところを変えていく勇気が国にも個人にも必要なんじゃないでしょうかねぇ…。
(個人の場合はそのベースのところが無意識の領域だったりすることが多い気がするので、国レベルとは違う意味で厄介ですよねー。)
それが簡単じゃないから、国も個人も悶々とし続けてるわけですが、でも変えていかないとねぇ。変わっていかないとねぇ。
お前がほんとうにほしいものは何だ

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