娘はディスレクシア★その3★


私の周囲には、IQの高い人が多くいました。
死んだ父親もおそらくそうなのですが、弟たち、特に下の弟が抜きんでてIQが高かったそうです。
友達も賢い子が何故か多かったのですが、小3からの一番の親友は学年でトップクラスの頭脳を持っていました。
大学生の時から付き合っている旦那さんもIQが高いタイプです。
会社に入れば、さらに周囲にはバカっ速いCPUを搭載してるいる人がわんさかいる状況となりました。
地方といえども国立大学を卒業しているので、時々「頭良いんですね。」と言われることもありますが、常に自分よりもうんとIQの高い人たちが周囲にいたので、セルフイメージとしてはどうしても『すごく悪いってことはないだろうけど、頭はちっとも良くない』というところでずーっと安定していました。
実際、IQは高くないですしね。私。
小学校でIQテストをしている時も自覚しながらやってましたもん。
「あー、これはダメだわ。」って。
それでも、自分よりIQの高い弟たちや親友のことを羨ましがったり妬んだりすることは一切ありませんでした。
親友は何でもできる子だったので、「すごいなー♪」と純粋に思っていましたし。
それが、ちょっと怪しくなったのは18歳の頃でした。
私は7歳の時に親に買ってもらった「宇宙・宇宙旅行」という子供図鑑を開いた時から、宇宙というものに魂を掴まれてしまい、だんだんと科学者になりたいと思うようになり、
さらに、小4だか小5の時に、カール・セーガン博士の「COSMOS」という伝説の番組を観てしまい、今で言うところの宇宙物理学の科学者になりたい、と強く強く思うようになりました。
しかし、14歳のある日、すぱーんと気づいたんです。
数学は面白いと思うけれど、どうしても苦手でうまく解けないので、これでは科学者にはなれない、と気づいてしまったのです。
ずっと持ち続けていた夢を手放した日でした。
そこからは「これになりたい」という夢はとうとう持ち得ませんでした。
まさに胸の中にぽっかりと穴が開いたような、そんな感覚をずーーーーっと感じたままで、今でもその穴は塞がってはいない気がします。
そして、18歳の時です。
県内で一番の進学校に通っていた親友が、京大の理系某部に合格したと連絡をくれました。
塾にも行かずに現役合格なんてさすがだな、と、あらためて彼女の頭の良さに唸ったのですが、
「……ねぇ。でもなんで○○科なの?」と疑問に思って訊きました。
彼女は私と同じで宇宙のことが大好きだったのに、どうして違う道を選んだのか、単純に不思議に思ったのです。
すると、
「さすがにねぇ、東大京大だとそこまでは無理だからねぇ。」
と彼女は苦笑しながら言いました。
「じゃあ、名古屋大学にしたら良かったのに。」
「うん……。でも家を出たかったからね。」
彼女には彼女のさまざまな想いがあります。
「親友」と言いつつも、私たちはお互いの深い話をしたことがほとんどありませんでした。
ただ一緒にいるだけで良かったのです。
そうやって小3の時から一緒にいたのですが、なんとなく、「家を出たかった」という彼女の気持ちも分かる気がしました。
親が毒親とかっていうんじゃないのですが、本家のお嬢さんですから、まぁいろいろ少し息苦しいところもあるんだろうな、と、なんとなくですが、分かる気がしたので、
「そうかー。じゃあ独り暮らしが楽しみだね~♪」
なんて私は言いました。
言いましたが、
とても複雑な気持ちになったのを覚えています。
宇宙や素粒子の物理学を研究する人生を歩むことができる能力を持っているのに、
そしてそれが好きなのに、
でも、彼女はそれを選ばなかった。
私が強烈に欲していた能力を彼女は持っているのに。
羨ましさや妬み、とはやっぱりちょっと違ってて、
「なんて勿体ないことを…。」という、悔しいような残念なような、なんとも複雑な気持ちになったのでした。
彼女は彼女で前向きに熟考して自分の人生を選択して進んでいるんですから、私がこんな気持ちになるのがおかしいよなー、と分かっていても、「あ~勿体ないよなー。」と、どうしても思ってしまいました。
今もその高い能力を活かして彼女は仕事をしているので、その能力を社会にも役立てていると言えると思います。
素晴らしいと思います。
……でも、ちょっとだけ、今でも「宇宙物理学の研究者になって欲しかったなぁー。」と思う私がいます。
そして、下の弟に対しても、「なんて勿体ないことしてるんだ。」という気持ちが彼の大学入試の頃からありました。
結果的に私と同じ大学に入ったのですが、それはちゃんと勉強しなかったからです。
小学生の低学年の時に、担任の先生に「この子には勉強させないでください。」と言われた、とオカンが話してくれたことがあります。
デキ過ぎて、授業がとてもつまらなかったらしいのです。
なんでもパッと分かってしまうので、「勉強をする」という習慣が全く身につかず、そのために「勉強をする楽しさ」も失ってしまったようなのです。
その頃からオカンの体調もどんどん悪くなっていっていたので、こういう子にはどのように学ばせるべきか、を考えて実践する体力が無かった、というのも大きかったと思います。
高校でもちゃんと勉強してなかったみたいです。
それでも私と同じ大学に入っちゃうんですから、地頭が良い奴ってーのは!と、なんとも悔しいような腹立たしいような気持ちにもなったりしましたが、
それよりも、やっぱり「せっかくずば抜けて高いIQを持って生まれたのに、それを十分に活かさないなんて、なんて勿体ないんだ!」という気持ちの方がうんとうんと大きかったです。
努力すれば夢は叶う……というのは、嘘です。
じゃあ、野球少年はみんなプロ野球の一軍選手になれるのか、と言えば、そんなことなくて、ほんとに一握りの人しかなってませんよね。
夢を掴むための努力はして当たり前。
でも、持って生まれた能力の高さが無ければ、努力したって叶わない夢だってあるんです。
夢を見たことは無意味じゃないし、努力は決して無駄にはならないけれど、叶わないものは叶わないのです。
なので、「頭が良くなりたい。親友や弟のような頭が欲しかった。」という強い想いは、悲しみや虚無感、勿体ないオバケなどが複合(コンプレックス)したものと共に、意識と無意識の境界の辺りに18歳の頃からずーっと漂い続けていました。
★★まだ続きます★★

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