『求めよ。さらば与えられん。』

先日、デイサービスの見学に行った時に自閉症の小学生が来ていた、と書きました。
彼はデイサービスを利用している子の中でも症状が一番重い子だそうです。
じっとしていられない様子でうろうろしていました。
持っていたオモチャをアキオに少し触られただけでも軽いパニックを起こしていました。
発話もどれだけ可能なのか私には判りませんでした。
先生から聞いた話しでは、疲れてきても自分で行動を止めることができずに、それでパニックを起こすこともあるんだそうです。
彼のお母さんは大変だろうなぁ、と思いました。
自閉症にもいろいろあるし、その重さにもいろいろあります。
なので、『お母さん』たちの苦労もそれぞれではあると思いますが、ダウン症児を持つ親としては、やはり「うちよりずーーーっと大変だろうな…。」という気持ちになってしまいます。
そして、彼との出会いの後、ふと思いました。
うちはアキオを連れて買い物にも行けるし、友達んちにも行けるけど、ああいう子のお母さんは自分の行動もものすごく制限されてしまうんじゃないだろうか……。
ダウン症の子は見た目で「あ、ちょっと普通の子と違うかな。」と分かります。
でも、自閉症の子は見た目では分かりません。
ですから、「親の躾けがなってない。」と思われてしまうことが非常に多いそうなのです。
子どもとの関わりだけでも疲れることが多いだろうに、周囲の無理解や批判という重荷も大きいのですから、お母さんたちはどれだけ疲弊していまうことだろう、と思いました。
そう思っていたところに、昨日の夜、NHKで自閉症児のお母さんたちが出演する番組が放送されました。
やはりお母さんたちは非常にしんどい思いをしていることがよく分かりました。
が。
ちょっと待てよ、と思いました。
お母さんたちの『周囲の無理解や偏見に対する怒り』を見せられているうちにハタと思ったのです。
確かに無理解や偏見はしんどいだろう。それは本当に不憫だと思う。
でも、おそらく彼女たちは前世で無理解や偏見で誰かを苦しめた側の人間だったんだろうな。
だから今はその苦しみを味わう立場になっているんだろうから、『そこ』を越えないとずっと変わらないんじゃないか?
例えば、自分の病気のせいで自分の人生が思うようにいかないと嘆いたり、自分に欠けているものを持っている誰かを羨んで批判したり……という『逃げ』を続けることはもちろん間違ってはいるけれど、自分自身のことだからできるんですよね。
でも、子どものことって、母親は逃げ続けてはいられないです。
母親が逃げることができる唯一の方法は、「この子を殺して、私も死ぬ。」だけです。
だから、本当に苦しいと思います。
けれど、『そこ』を越えて光が射しこんでくる場所に行かないと、今回の人生で苦しんで学んでいることが無駄になっちゃうよ~、と思うのです。
苦しみにはしっかり苦しむだけの意味はあるんですもんね。
そう思った途端、彼女たちの天命が完うされますように、と祈らずにはいられませんでした。
****
さてさて。
昨日はまた違うこともありました。
実は先日、ミヤノさんのお姉さんから、知り合いの人に旦那さんのことを紹介してもいいか?と聞かれまして、軽くOKしました。
本田健さんのセミナーで知り合った人が、ライフワークを楽しんで生きている人をニュースレターで紹介しているんだそうです。
その人にうちの旦那さんを紹介してもいいか、ということでした。
で、その人から早速メールをいただいたのですが、その人のサイトを見てお父ちゃんは渋い顔をしました。
「なんかね、ちょっと違うと思う…。」
何がちょっと違うのか、は、私もサイトをざっと見てみて分かりました。
うん。なんかね、ちょっと違うね。確かにね。
もちろんね、全然悪くないんですよ。間違ってないし、なによりエネルギッシュだと感じるし。
でもね、ちょっと違うんです。
数年前、本田健さんの本を1冊読みました。
「おおおー。そうかー。好きなことを仕事にして生きていっても良いんだ~~。」と、素直に感激しました。
好きなことを仕事にできている人なんてほんの少しだけだ、仕事ってものは我慢して続けるものだ、みたいな一般論に縛れていたからこそ、当時の私は好きでもない仕事を続けていられたのですが、『好きなことを仕事にして生きていいんだよ』と言われ、なんだか許されたような気持ちになったのです。
嬉しかったです。
でも、本田さんの本はそれ以上読む気にはなれませんでした。
それだけで十分だったからです。
というか、それ以上はそこに無かったからです。
その後、本田さんとつながりのあるレイキで有名な望月さんのサイトも見たのですが、やっぱり同じように感じました。
自分でやりたいことを引き寄せて、豊かなワクワクした人生を送ろう。
うん。
それはとっても正しいと思います。
そのためのメソッドも正しいと思います。
でも、そこに留まっていてはアカンような気がするんです。
『次』があると、感じるんです。
ていうか、そこを越えたところで生きている人たちを知ってしまったから、「あ、ちょっと違うな。」と感じてしまうのでしょう。
私ももちろんですが、みんなみんないつまでもいつまでも『次』があるってことですね。
本田さんの本を読んで、私は『次』を垣間見ることができ、そして『私の世界』はちょっと広がりました。
それと同じように、どんどん『次』を求めて、私達は自分の世界を広げていくことができるんです。
そうしていると、きっと知らない間に導かれ、広い世界の中で私達の天命が完うされていくのだと思うのです。
聖書にもありますよね。
『求めよ。さらば与えられん。』

“『求めよ。さらば与えられん。』” への2件の返信

  1. 初めてゆっくりと拝見^^。この間は、突然の訪問にもかかわらず宅に上げて頂きありがとう。今度は、ウチにもどうぞ。8月の26日に“流しそうめん”するでー!五平餅と同じく恒例行事なんだよぉ。晴れたら来て下さいませ。楽しみにしております。

  2. まぁ、アキオの誕生日に流し素麺!
    麺好きのアキオにはたまりませんなぁ~。
    時間の都合が合えば、是非伺いたいです。

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