何になりたいか、じゃなくて、
どうありたいか、だ。
なんだっけなー?
マンガかアニメで聞いたような覚えがあるんですが、デドコロが分かりません覚えてません。
と、この言葉が、
今日の洗濯物をちんたらちんたら畳んでる時に突然頭の中に響きました。
どうありたいか。
どうありたいですか?
これ、ごちゃごちゃ説明ったらしく言うんじゃなくて、シンプルに一語を当てはめてみるといいのではないか、と思いました。
ごちゃごちゃ言うのは、後。
とにかく、いちばんしっくりくる単語をひとつ入れてみてください。
正しくありたい、かもしれません。
それは、神に対して正しくありたいなのかもしれないし、自分に対してかもしれないし、真理に対してかもしれないし、その人その人で対象は違うでしょうけど、一語で言うなら「正しい」の人もいるでしょうね。
柔らかくありたい、かもしれません。
柔軟性を持って生きたい人かもしれませんね。
または、人に対して柔らかく接したい、という意味かもしれませんね。
善くありたい、かもしれません。
楽しくありたい、かもしれません。
可愛くありたい、かもしれません。
厳しくありたい、かもしれません。
強くありたい、かもしれません。
正直でありたい、かもしれません。
素直でありたい、かもしれません。
優しくありたい、かもしれません。
賢くありたい、かもしれません。
慈悲深くありたい、かもしれません。
潔くありたい、かもしれません。
面白くありたい、かもしれません。
おバカでありたい、かもしれません。
(おバカ道はカンタンじゃないんですよ!)
貴方は、どの言葉をチョイスしますか?
ちなみに、私はやはり
美しくありたい
ですね。
生まれつきの造詣と加齢の影響を美容整形でなんとかするー、って意味じゃないですよ!
YES!高須クリニック!
……そーゆーのはどうしようもないことなので、しぶしぶ受け入れるとしてですね、
さまざまな事象に対して「それは美しいのかどうか?」という問いをし、(もちろん現在の自分基準でしか答えられませんが)出た答えをもって選択の理由にしたいな、と思うのです。
とは言っても、だらだらしたりイライラしたり、ちっとも美しくないなーと感じる自分を選択してることも多いんですがねー。
あいやー(>_<)
おれは、どうありたいか、なんて関係ないね。
もうすでに素敵だからな。
『はいはい。おブ子さまは素敵おネコですよー。』