お花にたとえてみよう、の続き。

じぇいど♪さんがこんな記事をアップしてますがー。
あなたをお花にたとえると~セルフイメージの話。
あいかわらずまったりとメールのやりとりをしてた時に、
「ルシオラは蘭で、カイルはオークなんだけどなー。」
と言った彼女。
上ではタミエルがるーさん(←ルシオラさんのある一面)とつるんで遊んでることが多いので、私もなんとなくルシオラさんの雰囲気ってのは分かります。
そして、カイル先生にはお説教をしてもらったことがありますし……。
というわけで、
なるほど!と納得だったのです。
ルシオラさんをお花にたとえると蘭で、カイル先生はお花じゃなくてオークだってのは。
で。
私もじぇいど♪さんに言ったんです。
「タミエルもねー、ピンとくるお花が浮かばないんだよー。でも樹はあるよ。柳。」
って。
昔々。
まだ私が20代で、沼津に転勤してた頃。
同僚の女性たちと、「○○にたとえると何?」というのが一時期流行ってました。
貴女を飲み物にたとえると?
貴女とお菓子にたとえると?
って、そんな感じです。
その時に、同期の女の子に「木にたとえると、柳だね。」と言われたことがあるんです。私。
へー。
柳ねぇ。
自分ではさっぱり分からないけど、柳みたいな印象があるってのは嬉しいかもなー。
と思ったのを覚えてます。
で。
タミエルをたとえると何だろう???って考えた時に、花じゃない……あ。柳だ!と、ピタリとはまったのでした。
そしたら、じぇいど♪さんも納得だったようで、
さらに、タミエルを時々感知している月子さんもめっちゃ納得してくれてました。
やー、ほんとに柳の木みたいなヤツなんですよー。タミエルって。

あくまで、「私」は、この次元に肉体を纏って生きてる人間で、その精神や心はそれによって分離されて認識されているモノではありますが、
でもやはり、魂といいますか、高次の自分といいますか、そーゆー存在の性質がベースとしてあるんだなー、とも感じるんですね。強く。
なので、ファウの(ある次元においての性質である)少しエキセントリックな部分も私の性格に表れてますし、
おそらく、柳の木にたとえられるようなタミエルの性質も、肉体の私を通して表出されてるんだろうな、と思うのです。
や、本人はよく分からんのですがね。
んはー。
さて。
私自身は、どういうお花になりたいか、といいますと、
やはりそれは、ファウを象徴する白百合なのです。
カサブランカみたいな、大きな白百合です。

ただ、彼女も最初っから大きな白百合のような女性ではなく、エキセントリックな部分がどかーんと前面に出ていたので、白百合なんてとんでもない!って感じでした。
それが、何年もかけてさまざまな(主に女性性に関する)ブロックと向き合っていくうちに、彼女もどんどん変化しまして……というか、違う言い方をすれば、私がハイヤーセルフのより高い次元の姿にアクセスできるようになった……ら、すっかり大きな白百合のようなイメージになってたのでした。
では、今の自分をお花にたとえると何か?となると、これがまたよく分からなかったので、おとーちゃんに訊いてみました。
すると「百合。」と即答。
ええー?
それって、つい最近まで玄関に白百合を飾ってあったからじゃないのー?
と反論すると、
「そうかもしれんけど、でもアンタは小さい花が集まったような、そーゆーのじゃないよ。大きい花だよ。」
と言ってくれました。
そうか。
てことは、アレだな。
今は、庭先に勝手に生えてくる、小ぶりの白百合だな。
まだまだカサブランカにはほど遠いけど、白百合は白百合ってことにしておこう!と、思いました。
30代までは、ガーベラが好きで、なりたいお花もきっとガーベラと言ったと思うんですが、
40代になると変わるものですね。

おれがなりたいものは、藤子・F・不二雄みたいな漫画家だ。
…あ、いや、それはおにーちゃんがなりたいモノだった。

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