【mixiより転記 3月19日】
お義母さんに
「観音様とお話が少しばかりできるようになっちゃいまして。」
と言ったら、お義母さんは喜んでくれました。
そしたら今日、親戚のおばさんから電話が来ました。
「○○さん(お義母さん)に聞いたんだけど、観音様と話ができるようになったんですってね。ウチの息子のこと、聞いてもらえないかな?」
おばさんの息子さんは、現在闘病中です。
子供の頃からいろいろ病気ばかりしていた子なんだそうです。
昔からおばさんはいろんな霊能師さんに観てもらい、先祖供養もたくさんしています。
それに、おばさんの姪っ子さんが、それはそれは強い霊感の持ち主です。
……あたしなんて、免許取りたて、いや、免許すら取れてなくて、自動車学校に入学したばかりのようなもんなのに。
私以外のいろんな頼りになる人たちに聞いてください。お願いします。
と、思いました。
なので、私はちょっと観音様に質問すると直観みたいに閃くことが増えただけで、そんな重大なこと聞いたって答えてもらえませんよぉ、と断りました。
私も人の親ですから、誰でもいいから教えてほしい、という気持ちは分かります。
でも、多分、人から正解をもらおうとする時期をとうの昔に過ぎたんだと思います。おばさんの場合は。
それなのに、今でもいろんな霊能師さんのところに次々と渡り歩いてしまっているのです。
その時期は過ぎた、ということを、どうやったら気がつくのでしょう。
そんなことをいろいろ考えつつも、観音様に話しかけてみました。
私は、実はこういうチャネリングって、精度が低いと思っていました。ずーーーーーっと。
神我一体に至った聖者の言葉に比べ、チャネリングの言葉というのは、どうしても翻訳で雑味が混ざるし、一体どんな霊とつながってるんだ?という問題もあるからです。
私が観音様やミカエルさまとお話をする、というのも、脳内妄想会話ではあるけれども、私にとっては【経験】としてリアルなことです。
しかし、そうであっても、そんな精度の低いものを自分以外の人に言葉で伝えるとなると、それにはおそらくちゃんとした覚悟が必要となるのです。
まだ私にはそんな覚悟はありません。
家族、それも理解のある家族内限定にならざるをえません。
おばさんでも、ダメなのです。
(日記はメモのようなものなので、そんな覚悟は要らない。)
というのが、今回のことで明確になった自分の【現状の立ち位置】なのですが、それを越えたところの、大切なことを教えてもらいました。
チャネリングって、メッセージをもらうことが目的ではない、ということです。
高次の存在とのつながりを強く意識し、そのつながり(パイプのようなもん?)から光を共有すること。
それが目的であって、メッセージをもらうことそのものは副産物のようなもの。
そして、時期が過ぎれば、チャネリングも不要となっていく。
そんなことを教えてもらい、ハッとしました。
メッセージを広く伝える役目の人は別なのでしょうけど、個人が高次の存在とつながる上で、メッセージをもらう、ということの意味をちゃんと考えたことがなかったのです。今まで。
「おばさん、時期が過ぎているのに気がつくといいのに。」
と、思ったことは、そのまま自分への教訓となって返ってきたのです。
常に【やり方】や【手段】は変わっていくのですね。成長と共に。
頭で分かってはいましたが、今回はお腹にぐっときました。
で。
観音様に、「定期的にパイプのお掃除をお願いします。」と図々しくの願してしまいました。てへ。