昨日の苺つみの途中、苺の葉の上で死んでいるミツバチを見つけました。
身体を丸めて、綺麗な葉っぱの上で死んでいました。
苺の受粉のために師匠がミツバチを使っているのです。
最近の陽気のおかげでミツバチも元気に苺の花から花へと飛び回って、せっせとお仕事をしています。
私は虫が大の苦手なのですが、ミツバチは嫌いじゃありません。
蜂蜜が大好きというのもあるのですが、ミツバチは健気だなぁ、と感じるからだと思います。
そのミツバチが、静かに静かに綺麗な苺の葉っぱの上で死んでいました。
せっせとお仕事をして、そして命を完うした姿でした。
なんだか涙が出そうになりました。
それは、神様に愛された小さな命に思えたからです。
そして、そのミツバチ自身が神様に思えたからです。
金子みすずの詩を思い出しました。
蜂と神様
蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神様のなかに、
そうして、そうして、神様は。
小ちゃな蜂のなかに。
上手く言えないけれど、あのミツバチに神様を見たのですよ。そうとしか言えないよーー。
だから、ミツバチはそのままにしておきました。
****
さて。
今日は朝から東三河障害相談センターに行ってきました。
療育手帳申請のための診断をしてもらってきました。
療育手帳ってーのは、発達障害の度合いにより3ランクに分かれてまして、重度のA、中度のB、軽度のCとなっています。
当然ですが、重度の方が受けられる行政サービスなどが多くなります。
で、息子はと言うと、軽度のCでした。
担当の方も「アキオくんは、(ダウンちゃんとしては)なかなか成長が良いですね~。」と何度も言ってくれました。
んー。そうなのかーー。
って、感じでした。軽度だから嬉しいとかっていう感じでもなく、ただ単に「あー、そうなのー。」ってだけでした。
まだ小さいので、発達の遅延がどれくらいのもんになるのかは本当はよく分からんのですよ。
ということで、来年に更新のための診断をまたするらしいです。
なので、そうですか、って感じなんでしょうな。
実は、昨日の午後に、ダウンちゃん友達であるタァちゃんのママから電話をもらいました。
その電話で、私はタァちゃんママに本音をゲロりました。
「アキオは元気な子だから、歩くようになった羽が生えたようにすっ飛んで行くだろうし、言葉だってシッカリ話すようになったらオシャベリになるだろうから、今から発達の遅れをどーにかしようとかする気にはあまりならんのやけど、それでも、まだ時々『ダウン症じゃなかったら、どんな感じやったやろう。』ってふと思うことがあるんだよねー。」
辛いとか悲しいとかっていう感覚とも違うんですが、もちろん嬉しいとか楽しいって感覚でもありません。
特に、アキオと同じくらいの月齢の子がシッカリ歩いてたりするのを見ると、時々思っちゃうんですよね。
「染色体が1本多くなかったら、今頃この子くらいちゃんと歩いてたんだよなぁー。」って。
比べても仕方がないって分かっていても、そう思っちゃうんのは、母親だからなんでしょうかね。
心のどっかで、自分のせいだって想いがあるんだよね。いつまでも。
(でも、自分を責めたりはしてないよ。)
写真は、ご機嫌ナナメの息子さん。
最近、すぐ怒るんだよーー。もーー