そいえば。
和尚さんのセミナーで、えりもも先生が「帰依」という言葉を使われてたんですよ。
ああ、えりもも先生って、いいなー、って思いました。
もちろん、その言葉ひとつだけでそう思ったわけじゃないんですけどね。
でも、それが象徴的に私の中に入ってきました。
えりもも先生も、和尚さんも、宗教的にもスピ的にも、いろんな情報が有り過ぎて、みんなぐるぐる惑わされちゃってるよね、ってことを言ってました。
確かにそうかも、って感じます。
けど、その「情報の洪水」の中から、「絶対の真実」を見つけようとしても、きっとそれは不可能に近いんじゃないかなー、とも思うんです。
奇しくも、セミナーが終わってから、なおぴむんといろいろ話してた時に彼女が言いました。
「私、100%のもの(情報)を求めてたんだよね。でもそれは無理だと思ったんだー。」
って。
でもそれって、すごく分かるなー、って思いました。
たとえば。
えりもも先生っていいなぁ~、って思ったし、スゴイいなーって思ったのも本当だし、
和尚さんはスゴいな~~、って思ったのも本当だし、
オープンな心でお話を聞いてたつもりです。
でも、精査していないか、っていうと、そういうわけじゃないんですよ。
でもでも、精査してたからって、決してナナメな姿勢でお話を聞いてたわけじゃないんです。
んじゃ、そこで精査して、「自分に合う部分(情報)だけを良いとこ取り」してるかっていうと、それもちょっと違うんですよね。
情報だけを「これはアリ」「これはナシ」と選別するのであれば、それはどんな人の話を聞いたとしても読んだとしても、
やっぱり、いつまでたっても「情報に翻弄される・惑わされる」というところをぐるぐるするだけだと思うんです。
自分の全部をもってそれを一度吸収して、そして自分の全部をもって……「濾過する」みたいな感じかなー?
そういう精査をしないと、単なる情報の選別に終わるような気がします。
…って。
えらそーなこと言ってるけど、私にそれがちゃんとできてるかってーと、それは分からんです。
でも、そーゆーもんじゃないか、と私はなんとなく思っておるです。
そしてそれはね、スピに限ったことじゃないよね。
何かがもう一度始まる
私、弱虫なんですよ。
ヘタレだし、臆病だし。
体調が年がら年中不安定だから、目先のこと(子供のお世話)で精一杯だし。
高校生まではもっとアクティブだったのに、やっぱり大学生の時に身体を壊してからガラっと変わっちゃったなー、と自分でも思います。
でもさ。
第一回のなにみえ遠足募集の時は、(出会い頭みたいなもんだったので)好奇心の方か勝っちゃって、えいやーで応募しちゃったら合格しちゃって。
後からどーしよー、どーしよー、遠足後にぶっ倒れでもしたら困る~、って悩んだんだけど、
マイミクのともこさんも参加するから、やっぱ行きたいって気持ちの方が勝っちゃって、えいやーで参加して……
あそこでチャンスをつかまなかったら、と思うと、ちょっとゾッとすらします。
今の自分はここにはいなかっただろうな。
少なくとも、民絵屋はオープンしてなかったよなー。絶対。
そしてなにより、たくさんの出会いをフイにしてたことになるよな。
昨日のセミナーで、和尚さんから「ハイヤーセルフからのメッセージ」というものをいただきました。
『チャンスをつかむ機会に出会う時期に来ています。
何かがもう一度始まる時期に来ています。』
これを読んで、なにみえ遠足に応募したことをパッと思い出しました。
なんだろうね。
どんなチャンスがやってきてくれるんだろう。
その時、また私は悩むような気がするけれど、きっとまた、ともこさんのように、誰かの存在が私を後押ししてくれるんだろうな。
実際、昨日のセミナーには、なおぴむんが私を連れてってくれたようなもんだし。
弱虫だけど、ヘタレだけど、
おそるおそるでも、チャンスをつかみたいな、と思ってます。
せっかく来てくれるチャンスなら。
昨日、和尚さんのセミナーin名古屋に行ってきました。
台風が来てるよーー、子連れで名古屋に行けるかしら~~???
と、心配しとりましたが、
宇宙一のヒプノマンの予言通りに、影響はたいしたことなく、お父ちゃんが私たちを名古屋に連れてってくれました~。
(名古屋は雨降ってもいなかったよー。東三河は降ってたけどね。)
んでもね、台風のおかげで、予定変更となりまして、
お父ちゃんと子供たちは東山動物園ではなく、トヨタ・テクノミュージアムに行きまして、
そのおかげで、1時間早くセミナーを途中退席する予定が、フルに参加できました。
んー。
台風め。やってくれるな。ありがとだぜー♪
セミナーでは、えりもも先生のプチ講座もあり、和尚さんのセミナーに入る前から「もうメインディッシュですか?」って感じてした。
もちろん、和尚さんのメインディッシュはさらにてんこ盛りで、もーお腹いっぱいでしたー。うはーー。
私はスピ系のワークショップとかセミナーとか参加したことないんですけど、
こんなめいっぱいで3500円って、お安くない??って、一緒に参加したマイミクのなおぴむんと言っとったんですよー。
ほんと、ビックリでした。
内容については………
えーとねー……
私が書いても、かるーーくなっちゃうような気がする……。
てか、うまく書けん。
なので、興味がある人は、参加してみるといいよー。
ちょっとだけ言うなら…。
私は、白光真宏会の会員ではないけれど、五井先生のお祈りが自分の中心にあるので、どうしてもそこが基準になっちゃうんですけどね、
昨日の和尚さんのお話を聞いてても、すべてをそのまま鵜呑みにすることはないんだけど(というか、私にはよく分からんと言うべきだね)、でも基本的な部分は五井先生や西園寺先生が話されたことと同じだよなー、と思いながら聞いてました。
だからね、私にはすごーく分かりやすかったし、すごーく納得できることが多かったです。
昨日のお話は。
自分の中で整理できたら、またそこらへんのことが書けるといいなー。
で。
そのセミナーが始まる前に、和尚さんのために描いたミカエルの絵をプレゼントさせてもらったんだけど、
和尚さんがみなさんにも紹介してくれて、もー感謝感謝っす~。
↓これね。

(なんかさー、「太陽系を作ってるところ」に思えて仕方がないんだよー。この絵。)
でもさ~~~、
せっかくいろんな人が参加してるセミナーで、そうやって紹介してくれるんだから、がつがつ営業すりゃいいのに、そーゆーのが恥ずかしくてできないんだよぉぉぉぉぉぉ。
でもでも、持ってったポストカードをいろんな人にプレゼントさせてもらったら、なんか喜んでくれてたので、良かったっす~。
昨日が誕生日だった方からは、マイミク申請までしてもらっちゃったしー。
てへ。
そしてそして、マイミクのなおぴむんとリアルで初対面というのも楽しみだったんですが、会ってすぐからすげー打ち解けて、ぜんぜんふつーに友達っぽくって、初対面ってことをすっかり忘れてしまったですよ。
で。
お父ちゃんが子供たちをめいっぱい遊ばせてくれてたおかげで、私が車に乗り込んだ途端、子供たちがサラウンドでいろんなことをめいっぱい話してくれました。
ほんと、すごーく楽しかったみたいで、良かったです~。
さすがお父ちゃん。
セミナーではがんがんいろんなエネルギーを浴び、チャクラを開いてもらったり(←って、これは数カ月、または1年~2年かけてじわじわと開かれていくそうです。)、あれやこれやしてもらって、ちょっとね、セミナーの途中で自律神経が乱れそうになっとったんですよ。
「エネルギー当たり」になりかかってたんですね。
やべーなー。
発作とか起きたらかなわんなー……。
と、思ったんですが、10分もしないうちになんとか持ち直したんです。
1年前……いやいや、今年の春先までの私だったら、倒れてたね。多分。
シエルさんに相当エネルギー管のお掃除と拡大をしてもらったおかげだよな~、と思いました。ほんと。
(なので、ご縁が切れても、今でも感謝しとるんですよ。)
…でもって。
実は、昨日の夜はアマジ先生の無料伝授もあったんですよ。
私、セミナーであんなにエネルギーを浴びると思ってなかったんで、アマジ先生の無料伝授を申し込んであったんですけどね、大丈夫かいなー???と、若干不安もあったんですよね…。
でも、せっかくなので、受け取りまして……。
ぐるぐるぐるぐると渦が巻いていたよぉぉぉ~~~。
そしてすこーーーんと寝ちゃったよぉぉぉぉ~~。
そしたら、今朝。
血圧がすこーんと上がってて、頭痛かったです……。
いつもは低めなので、20くらい上がると頭か痛いんですわ~。
ここんとこ、浄化とか好転反応っていうと、こうやって血圧が上がることが多い気がするっす。(って、最近気がついた。)
今まではお腹がぎゅ~~~~~ってなる下痢か、ぶっ倒れるか……だったのにねぇ。
「もう、お腹痛いのも、ぶっ倒れるのもイヤーーっ。」って、天使にさんざん言ってきたからかなー?
そうそう。
YL社のオイルのサプリがあるんですけどね、それを1日2日飲むくらいなら問題ないんだけど、4~5日続けると血圧がすこーんと上がるんですよ。
毎日、ペパーミントをお湯に垂らして飲むとかだと問題ないんだけど、直接腸に届けると、浄化みたいな作用が出るんだろうなー、と感じておるです。
そんなわけで、疲れのせいかもしれないんですけど、多分好転反応なんだろうなー、と思ってるっす。
でも、痛いのはかなわんので、中将湯を飲んでます。はい。
今はかなり楽になりましたー。
頭痛いの~~、って言ってたら、子供たちが一生懸命お父ちゃんのお手伝いをして朝食の準備をしてくれたですよ~。
もー、かわいかったっすーー。(←親バカ全開)
和尚さん、えりもも先生、スタッフのみなさん、
そして、なおぴむん。
どうもありがとうございました~♪
音楽を聴くことでアチューンメントとなるそうです。
よくチェックしてるブログで、こんなのが載ってました。
ご参考までに。
http://celestie.blog23.fc2.com/blog-entry-847.html
ちなみに、私の場合。
レイキはセカンドまでアチューンメント済なのにも関わらず、今までエネルギーっちゅーものは『体感』としてはよく分からんなー、と言い続けてた私ですが……、なんとなんと。
聴き始めたらすぐに、激しくはないんだけどね、
なーんか身体の内部が小刻みに振動するような感覚とか、
なーんか丹田あたりがぐるぐるするような感覚とかがあって、
それが音楽が終わるまで続いたんですよ。
音楽が終わったら、すーっとそーゆー感覚はフェードアウトしたんですが、
ちょっとの間そのまま横になってじーっとしていたら、
だんだん細胞レベルで微細な振動をしてるというか、
細胞が「活きのいい魚がぴちぴちしてる」ような感じというか、
そんな感覚になりました。
もちろん、激しくないけどね。
なーんとなくそんな感覚がするなー、ってレベルなんだけどね。
んでもやっぱ自信が無いので、これってエネルギーを感じてるのかなー?って、マイミクのMちゃんにメッセしたら、
ちゃんと感じてるやーん、とお返事が来たっす。
おお。
ちょっと嬉しいぞ。むふ。
でも。
うまく使えるかどうか、は、また別のハナシだよねー。
むー。
Landでお祈り
ひの♪ねーさんが(高次元の)Landとアカデメイアでお祈りしましょう、と企画されてましたが、
夕方の時間は忙しいし、夜は寝ちゃってる(←子供を寝かしつけてそのまま寝ることが多い)可能性が高いので、参加表明はしていませんでした。
でも、23日の夜は、しっかり起きていました。
そして、ふと、
「あ、この時間って、Landとアカデメイアでお祈りしてるんだっけー。」
と、思い出し、マイドラゴンの時環にLandに一緒に行こうよ~、とお願いしてみました。
すると、しゅーっと抜けたような感覚が少しして、しばらくしたら、目の前に光の珠がキラキラあちこちに付いているような針葉樹のイメージがどかーんと浮かんできました。
実は、ひの♪ねーさんがちゃんと説明してくれていたのに、すっかり忘れていたんです。
お祈りのために集合するのは、アカデメイアから植樹された「樹」のところだってことを。
というか、その「樹」のことそのものをすっかり忘れていたんです。
なので、なんかよく分からんけど、キレイな樹だし、ここでお祈りすればいいかなー、と思って、世界平和のお祈りをしました。
そして翌日。
ひの♪ねーさんの説明文を読んでプチびっくりでした。
そっかー。
きっと時環がちゃんと連れてってくれたんだなー、と思いました。
私がしっかりしてないからね。てへ。
で。
ゆうべも、起きていたのでLandに行ってお祈りしようと思いました。
すると、ゆうべはどーんといきなり「デカい自分(ファウ)」を感じました。
目線的には「樹」よりもデカいんですよ……。
そして感覚としては、まるで天使そのもの。
三次元の私の意識が、天使そのもののデカいファウにちょろんと接続してるかのような……そんな感覚でした。
三次元の私にはよく分からんけど、こーゆーのもアリなんかなー???と、ぼーっとイメージをそのまま感じていたら、
そのデカい天使のファウが歌い始めました。
なんの歌かはさっぱり分からんのですが、イメージとしては歌は光の波になってるような感じでした。
歌が祈りなんだなー……と、三次元の私はそのイメージにうっとりしてました。
なので、三次元の私が意識的にお祈りをすることはありませんでした。
不思議な感覚だったけど、すごく気持ちのいい感覚でした。
ひの♪ねーさん、ありがとうございました~♪。
久々に、マイドラ時環と。
ゆうべのこと。
さて、寝よう……とお布団の中で横になりました。
右側を下にして横向きになっていました。
ふと、「なにみえ遠足」の時に私のパートナーとしてやってきてくれたドラゴンの時環のことが頭をよぎりました。
「あー。時環ぁー。今、何してるかなー?近くにいるー?」
と、思った途端、私の左側、つまり私の上に「大きな気配」を感じました。
私は視えたり聴こえたりしません。
なんとなく勝手にイメージが湧いてくるとか、脳内会話でするするーと会話が続くとか、そんなのばっかりです。
何か気配を感じる、というのもありますが、それは一瞬のこと……という感じです。
でも、昨日の夜はほんとーに「何か大きなものの気配」をばりばりに感じました。
で。
心で語りかけました。
「時環は、のりちゃんのところにもよく遊びに行ってたみたいだから、私とのりちゃんの縁が切れちゃったのって、やっぱり寂しかったんじゃない?ごめんね。」
すると、なんとなくですが、時環が優しく笑ったような気がしました。
そしたら、なんだか私の心にひっかかってたものの1つが、すーっと取れたような気がしました。
と、その直後。
久々に「抜ける」感覚になりました。
今までで一番強く感じました。この「抜ける」感覚。
……あー、でも、「抜ける」というか、「自分の境界線がぶぉーって広がる」ってゆーか、独特の感覚なので、いちおー「抜ける」って表現してるだけなんですけどね。
とにかく、強烈な感覚でした。
そして、すごく久しぶりに時環と一緒にいるなー、っていう感覚が強くてて、すごく嬉しかったです。
クリロズにでも行くのかと思ったんですが、どうもステーションのどこかに行ったっぽいです。
で、いろいろあった………んですが、なんかほとんど忘れてしまいました。
ほんとに断片的にしか覚えてない~~~~
あー。
もったいねー。
週末はお祭りでした。
一昨日・昨日と近所の神社のお祭りでした。
ここらへんのお祭りは不思議なことに鬼が出ます。
それも、べろんべろんに酔っぱらった鬼が。
今は家の中までは上がってこないのですが、以前は家の中までやってきたそうです。鬼が。
ということで、子供たちにとっては、爆竹ばんばんも怖いし、鬼も怖いので、お祭りって言ってもちっとも楽しくないのですが、
……しかし、「餅投げ」があるのですよ。
いっぱい餅が投げられて、それをみんなで奪い合うように拾うのです。
一昨日の餅投げには結局行けなかったのですが、昨日の夕方、そろそろ餅投げの時間なんだけどなー、と子供たちを誘ってみたら、
「おに、でないよねー。」
「いないよねー。」
と、なんでか兄妹で勝手にそーゆー話になってて、
「おもち、いこう!」
「いこう!」
と、これまた2人で勝手に盛り上がってたので、これは幸いとばかりに連れ出しました。
が。
もちろん、神社には鬼がいました。
べろんべろんになってる赤鬼、青鬼、黄鬼と、獅子。
そして、これでもかってくらいの爆竹。
もー、娘は怖くて怖くて、私にしがみついてました。
息子は、私にしがみつくことができないので、低い石垣の上に座り込んで、がくがく震えてました。
ほんとに震えてたんですよ。
よっぽど怖かったんでしょうねぇ…。
小学校のおにーちゃんたちが声をかけてくれてもダメなんですよ。
もう怖くて怖くてー。
んでもって、怖さのピークは鬼に小麦粉を頭にぐりぐりされた時ですね。
そりゃ、怖かろうに~~、とは思うんですが、これをやってもらうと縁起がいいとされてるので、親はラッキーってなもんなんですがね。
てな阿鼻叫喚の待ち時間(←毎年これが長い)の後、
餅投げの直前に、仕事から帰ってきたお父ちゃんも合流してくれて、子供たちも少し落ち着き、そしてメインイベントの餅投げでは、すごーく嬉しそうに喜んで拾っていました。
もちろんそんなに拾えないんですよ。こんな小さい子たちでは。
でも、私やお父ちゃんが拾った餅をもらって、自分のレジ袋に入れることで、「自分で拾った!」って気になってたようです。
帰る時には、「あー、おもしろかったねー。」とニコニコ顔でした。2人とも。
さっきの恐怖はどっかに飛んでったようですわ~。
そうそう。
一昨日の夜には、手筒花火の奉納があったんですが、去年までは最後のはぜる音をすごく怖がってた2人ですが、今年は「おっ。びっくりしたー。」と言いつつも、キレイな手筒花火をずーっと見てました。
(最後にちゃんと拍手してたくらいだし。)
ふるまってもらった甘酒をしっかりいただいて、キレイな花火を見て、子供たちもすごく楽しそうでした。
1年でいろいろ成長するもんだなー、子供って、ってこんなところでも確認できちゃいますわ~。
来年はどうかなーー?
まだ鬼は怖いかなーーー?
正解は「田植地蔵」
息子は妹と一緒に「ごっこ遊び」をよくするんだけど、今は「今年の春から我が家で解禁となったアンパンマン」ごっこがそれらの8割くらいを占めてるんですなー。
そんな息子ちゃんが、今日は学校から帰ってきた途端、今まで私が見たことのない何かの真似をし始めたのですよ。
親の私でも、息子の言葉は理解しにくいんですよ。
早口で且つ本人の意図するように発音できないことが多いため、どうしても伝わりにくい……と。
しかし、どうやら学校の授業でビデオを見たというのはすぐに分かったのですわ。
「べでお、みたの。がっこで。」
と、嬉しそうに話してくれましたから。
ただ、その内容がさっぱり分からんかったのですわ。
「ぉじょーさん。」
と言うので、象さんか、お嬢さんか……と思ったんですが、違うと否定されまくり。
そのうち、お祈りの格好をし始めたので、お地蔵さんだ!と判明。
でも、その後すぐに「うま。」と言い出し、大きいキリンのぬいぐるみを馬に見立てて餌を食べさせてる様子。
「くさ。」と言うので、どうやら草を食べさせてるつもりらしい。
なんだなんだ????
どんな話なんだ????
すると、息子が歌いだしたのですよ。
最初はさっぱり検討がつかなかったのですが、ハタと気づいたんです。
「まんが日本昔話の歌だ!」
というわけで、一緒に歌ってあげたら息子も喜んでました。
伝わると嬉しいもんね。
……でも、なんの話かやっぱり分からんのです。
どうも、彼の「ごっこ遊び」を見てると、「笠地蔵」では無さそうなんだけど、お地蔵さんの出てくる話はそれ以外知らんのですよ。私が。
なので、ゆーちゅーぶで検索してみたんですけど、サムネイルの画像を見ながら、「これ?」と聞いても、息子は「ちがう。」の連発。
こりゃ見つからんかなー……と、あきらめかけた頃、
「これー。」と息子が指さすではないですかっ。
http://www.youtube.com/watch?v=ggDklzCcerg
ほんと、コレだったらしいです。
確かに、要所要所の真似が合ってたんですよ!
(そして、3回も見てた。子供たち。)
お母ちゃん、頑張って息子の言動から正解に辿り着けて、すげー満足ですわ~。
むふー。
「人生を変える波動の法則」という本を読みました。
先週の月曜日に、息子を児デイに送って行った後、保育園に娘をお迎えに行くまでに30分ほど時間があったので、近所の本屋に行ってきました。
すると、なぜかビジネス書の棚にこんな本がありました。
![]() |
人生を変える波動の法則 (2010/07/21) ペニー・ピアース |
なーんとなく手にとり、ぱらぱら~と目次を見てみたら、
創造には「引き寄せの法則」以上のものがあります
という節があり、「お。」と思いました。
なので、買ってみました。読んでみました。
実は、「引き寄せの法則」って、ちょっと釈然としないというか、いわゆる「エゴ」の欲求を引き寄せようとするのって、なんかちょっと違うよなー、とか……、まぁ、いろいろ思うことがあるのです。
うまいこと言葉にできないけど、あれ?ってのが、スピ系の日記とか読んでて思うことって多々あるのです。案外。
批判しようとかってわけじゃないけど、そーゆーのを読んでて違和感を覚えるというのは、自分にとっても指標となるものだと思うのです。
てことで、買ったのですが。
全10章のうちの9章にある節ですから、どんどん読み進めないといけません。
もー、これがねーー、なかなか読み進められなかったのですよ!
特に前半の内容は、ある程度「情報として知ってること」ばかりだったのですが、なんともじわりじわりと私の中に入り込んでくるような感じで、そしてすぐに眠くなってしまうのです。
前半は特にまとめて章を読めなくて、少し読んでは10分ほと眠る……というパターンでした。
ほんのちょっと前なんですが、なんでか急に本棚にあった「money & beyond」という本を再び読みたくなって、久々に読み直していたのです。
その本を読み直しているうちに、「すべてはエネルギーだ」ということが、今まで以上にじわ~~っと自分の中に広がっていったのですが、この「人生を変える波動の法則」はさらにそのあたりを深く丁寧に示してくれているような感覚になりました。
我々は、エネルギーでもあり、粒子でもある……ということは、量子力学では当たり前のことですが、本当にそうなのだということを、読み進めながら頭だけじゃなくて感覚的に「あー、そうだった。」と少しばかり理解していった、ような感じでした。
なので、眠くて眠くて仕方がなかったのかもしれません。
ある意味、それこそ波動が一時的にせよ上がった状態になってたんじゃないかなー、と思います。
多分、1年前に読んでも、頭で理解するところで終わってたと思います。
「今」だから、良かったのかな。
でも、もちろんそれまでの「頭で理解する」ということもすごく大切で、それらの「貯蓄」があればこそ、感覚の理解をすみやかに押し進めることにもなりますからね。
そして、私の場合はやはり五井先生と西園寺先生の言葉の「貯蓄」がとても大切な働きをしてくれてるなー、としみじみ感じました。
さて。
そして、「引き寄せの法則」についてですが。
例の節の最初は、こんなふうに書かれていました。
社会の変容が第三段階(潜在意識のフタを開ける)、第四段階(再び収縮し、抵抗し、無意識の怖れを抑圧する)、第五段階(古い構造が崩壊し消滅する)を経るとき、私たちはその変化によって生じる混乱を避けるために、自分の人生をコントロールしたいと思い、お金や所有物がその答えだと考えます。
そして本当は霊的な成長の原則であるはずの「引き寄せの法則」は、物質的、社会的な成功によって不安を克服する方向へと、歪められてきました。
怖れから、この法則が使われているのです。
変容の次の段階に進むためには、「引き寄せの法則」の下にある「波動の法則」にまで理解を深める必要があります。
「あー、そうだよねーー!」と膝をぽんぽん打ちたくなりました。
そうなんです。
怖れから、この法則が使われてる、というのが、なんとも「むむむ?」っていう違和感の原因だったんだ、とスッキリしました。
もちろん、その「怖れからこの法則を使ってる人」の中に私自身も入ります。
でもってね、そーゆー場合は上手く行かなくて、びみょーーに悶々としたりするんですよね。
分かってるんです。
「こーゆー感じでこの法則を使ってもダメだろうな。」って。
というのは、「こーゆー感じ」じゃない時にするする~っとコトが運んで、するする~っと引き寄せられるというのを体験していたからです。
でも「こーゆー感じ」をどうしたらいいのか、が頭で理解できていても、ほんとうには分かっていなかったので、どうしてもびみょーーに悶々としたり、人さまの日記を読んで「あれ?」と違和感を感じたりし続けてたんだなぁ~、とよく分かりました。
分かれば当然のことなのに、それがなんともハッキリ掴めない。
そーゆーことって、たくさんありますよね。
そんなわけで。
頭の理解というより、感覚で理解するという感じの読書体験だったので、ほんとにうまいこと表現できないのですが、もう一回最初から読み直してみたいと思います。



